第2話

 隣町は、僕が住んでいる街よりも少しだけ田舎で、山や田んぼ、あぜ道なんかが目立つ。まあ、僕が住んでいる場所も、都会の人間からすれば田舎なんだろうが。

 とりあえず、僕は真夜中に、ひとりで住宅街を歩いていた。

 うわさの吸血鬼に遭遇するために。


 あたりは真っ暗だ。街灯の不気味な臙脂色の明かりくらいしか見当たらない。民家は寝静まっている。窓を見ても光は漏れてこない。みんな寝ているのだろう。ぼくも眠い。


 吸血鬼を探すことを決めた後、よもぎに、吸血鬼に襲われる人間になにか特徴はないかと尋ねた。すると、こんな回答が返ってきた。

「年齢は若いほど狙われやすいみたい。といっても、夜道を歩くからには、せいぜい高校生や大学生くらいの年だね。それから、男性よりも女性のほうが狙われやすいみたい。だからといって、中年や男性が被害に遭っていないかといえばそういうわけでもない」


 つまり、最も吸血鬼に遭遇する確率が高いのは、夜道を一人で歩く女子高生だ。

 さいわい、ぼくは現役高校生で、犯人が狙うひとつの要素、若さを満たしている。だがあいにくぼくは男だった。これでは出会える可能性は低いかもしれない。


 仕方がないので、ぼくは女装することにした。

 独自のコネから女子高生の制服を調達し、その身に纏った。サイズの大きいものを借りたつもりだったのだが、やはり対角差分の窮屈さはある。まあ我慢しよう。

 それでも、シルエットは思った以上にマシに見えた。うす暗い夜道では、十分に機能するように思える。ウィッグも付ければ、もう完璧な女子高生だ。いやはや、以外にも、ぼくは可愛いのかもしれない。そうやって鏡で角度を変えながら姿を確認していると、よもぎに妖怪を見るような目で見られた。


 ともかく、ぼくは夜道をひとりで歩く。すれ違う人はひとりもいない。

 怪異は人目を嫌う。これは好都合と言えた。条件は揃っている。

 そうやって歩き続けていると、なにやら気配を感じた。


 次の瞬間、ぼくは強烈な力を受けて、地面に押し倒された。


「!!」


 その正体が捉えられないうちに、左の首筋に痛みを感じる。噛まれていた。二本の歯が上皮を貫いて肉を捉えている。そして、血液を吸われている感覚。じんじんという痛みだ。抵抗しようと相手を押すが、手首をものすごい握力で掴まれてびくともしない。


「あれ……。おかしいな」

 か細い声がした。襲撃者は、何度もぼくの首筋を噛みなおす。

「なんでだろう」

「何度も咬まれると、痛いんだけど」

「うるさい! ちょっと血管の位置が探しずらいの。すぐ終わるから黙ってて」

「そうかい」


 甘受して、しばしそのまま乗っかられている。でも、あからさまにわかるほどの血液は吸われていないみたいだ。

 それも仕方ないだろう。身体の構造に違いがあるわけではない。だが、ぼくは人間とはカテゴリを少し違える。どちらかというと、この吸血鬼のように怪異側の存在だ。


「え……、てか」

 吸血鬼はなにかに気付く。

 声を出したら、流石にばれるよなあ。

「!!!」

 吸血鬼は驚いて、ぱっと身を遠ざける。一ステップで軽快に、三メートルくらい離れてみせた。ぼくを押さえつけるときといい、かなりの身体能力があるようだ。


「おとこ! へんたい!?」

「突然人の首にキスをするやつと比べて、どちらがそうかな」

「これはキスじゃない!」

「十分な量吸えたか? それとも足りない?」

「うえ、ばっちい。変態の血液飲んじゃった……」

「あんまりなリアクションだよ……」


 普通に傷つく。


 距離を持ったことで、吸血鬼の姿が、より一層鮮明に見えるようになった。

 銀色の艶やかな髪に、大きな赤い瞳。口元には二つの鋭い犬歯が覗いている。見た目はせいぜい、女子高生くらいのように思える。吸血鬼だから、当てにはならないかもしれない。服装は薄着。真夜中には肌寒いだろう。しろいタンクトップに、ショートパンツをはいている。ボディラインがはっきり見えた。


 吸血鬼は口を拭う。

「わたしを見て、驚かないの」

 透き通るような声だ。

「どうして?」ぼくは問う。

「吸血鬼だから」

 たしかに、一目見ただけで、人間じゃないことがわかる。身体的にも、雰囲気的にも。これに出会ったら、少なからず驚くだろう。それに、襲われたのだから、平気な顔をしているほうがおかしい。


「わたしを見た人は、怖がるか、美しさに見惚れるかの、二択なんだけど」

 自意識過剰なんじゃないか? と言いたいところなんだけど、実際、彼女は美しかった。人並みに、ではない。圧倒的に可愛くて、美しくて、魅力的だった。モデルやアイドル、女優として売れていても不自然ではないレベルだ。むしろ、売れていないと奇妙なほどだ。

 どっちかっていうと、ぼくは見惚れているほうの人間だった。


「ところで、何回も噛みすぎじゃないか」

 吸血鬼が吸血をするシーンというのは、もっと絵画的な美しさがあるものだと思っていた。こんなに痛いだなんて。それはそうか。犬歯くらいの注射針が差し込むのだから、痛いに決まっている。


「吸血が下手な吸血鬼は、えっちも下手らしいよ」

「うぇっ!?」

 吸血鬼は恥じらう。

「へんたい!」

 とにかく。

「きみが噂の吸血鬼さんか」

「うわさ?」


「知らないのか。JKの間ではちょっとした有名人になってるぞ。血を吸われたらきれいになれるとかさ。デトックスだの血液クレンジングだのって」

「なにそれ、迷信でしょ」

「迷信的存在がなにかいってるが」


「でも、そんなに広まってるんだ」

「ああ。ほかのコミュニティに拡散するのも時間の問題だ」それに。「夜な夜な人を襲うのは、結構なリスクがあると思わないか。とっかえひっかえやりまくり。うちの高校のビッチでも一回で捨てるなんてこと、滅多にしないと思うけど」

「な、なにその言い方! それじゃあまるでわたしが淫乱みたいに!」

「違うのかよ」

「当然でしょ!」吸血鬼は憤慨して抗議する。「わたしだって困ってるんだから!」

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