言霊使い黒猫ヤマトの、にゃんとも事件簿。

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〈序〉紫宮家の秘術

『ことだまひびきわたれり』紫宮厳治/著


 紫宮しのみや家四十三代当主、紫宮厳治しのみやいずはる。彼はすでに鬼籍に入っている。


 代々口伝で引継がれてきた紫宮の秘術を記した書が、この『ことだまひびきわたれり』である。


 四十四代目となるはずだった厳治の息子は重責に耐えかね齢十六で逃亡。以後、その息子が紫宮家の敷居を跨いだことはない。


 現在、当主の座は五年に渡って空席となっている。


 遠縁に当たる朱ノ森あけのもり家から養女をとったのは、厳治が死去する三年前のことだ。朱ノ森あけのもり花蔵かぐらは当時七歳だった。


 彼女が選ばれた理由はただひとつ、その言霊の質である。


 言葉でそれを聞くものを使役し、言葉を紡ぐ者によっては無機物にまで作用を及ぼすことができる。それが紫宮家の血筋に代々受け継がれてきた力だった。


 その力は通常血が薄まるにつれ弱まるのだが、朱ノ森花蔵にはその資質があった。


 言霊の力などまったく無縁に暮らしてきた朱ノ森家である。彼らにとって、花蔵の存在は手に余るものであった。


 そして、厳治いずはるが花蔵を引き取ってから三年のあいだに、彼は口伝ではなく文字として秘術を書きおこした。自身の死後、花蔵がその体内に秘めた力に飲み込まれないよう。飲み込まれたとき、誰かが彼女を救えるよう。


 厳治が望んだことは紫宮家の存続であったかもしれない。けれど、彼は同時に花蔵の行く末を案じていた。


「紫宮家を潰すな」


 彼の残した最後の言葉は、言葉を秘術として操る厳治のものとは思えぬほどの空虚な響きをもって花蔵の耳に届いた。


 言霊により人を使役し、動物を手懐け、そして紫宮家に課せられた使命を全うしてきた、それほどの男が、言葉に愛をのせる術を忘れていた。


「愛している」


 そんなあからさまな言葉でなくとも、いたわりの一言で花蔵は多少なりと救われただろう。


 彼女に残されたのは広大な山林を含む紫宮家の土地家屋、莫大な財産、数名の使用人と一匹の猫。そして、彼女に渡されたはずの件の書は――なぜか今、県立図書館にあった。


 門外不出であるはずの秘術を記した書が、いかにしてそのような場所に持ち込まれたのか。それは真面目に語るのも馬鹿馬鹿しい……(ΦωΦ)ニャン

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