第14話 どうぞ…召し上がれ
私は2階のお嬢様のお部屋に待機していた。
というかとてもあのキッチンに近寄れないだろう…。
一応軽い結界はかけておいた。もちろんお嬢様に何かないようにと彼女自身にも薄い膜のような結界を張り巡らせてあるからもしオーブンが爆発しようとも彼女は無傷であるはずだ。
ミラちゃんは先程から私の膝に乗り震えていた。
「ご主人が…本気モードになって覚醒したにゃ!止められにゃい!もう誰にも止められないにゃ!」
たかが猫にさえ恐怖は伝導している。
私自身も身を保って体験した。まさに死の淵を彷徨ったし、死の案内人に出会うという貴重な体験までさせていただいたのだ。
お嬢様…貴方の料理は…ある意味…天才的な殺人料理だと思います!私の魔力をぶっ壊すほどの!!
先程のお嬢様はもはや恐ろしい程の殺気を感じた。余程カエルとか食べさせられたことへの恨みがあったのでしょう。
確かに…普通の令嬢ならあんなもの食べては気絶するもいい所だが、お嬢様は違った。恐らく空腹に耐えきれず理性のリミッターが外れてしまい舌が麻痺か錯覚したのでしょうね。
安心してください!お嬢様!もし貴方が王子を暗殺してしまったとしても私はお嬢様の罪を咎めません!
むしろそうなれば2人で一生隠れてというか全力で私がお嬢様をお守りし暮らしていける…。しかも相手は希少種の竜人族の王子で単身でこちらに乗り込んできた…というか、いい雰囲気だったお嬢様と私の仲を邪魔したのだからちょっと殺人料理食べるくらいいいですよね?
思わずほくそ笑んでしまいますよ。
…それにしても先程から私はちゃっかりお嬢様のベッドの上に座らせていただいています。すみません、こんな非常時に不謹慎だとは思いますが、ここに毎晩お嬢様がお眠りなっていると思うと興奮します。
もし私1人なら迷わずベッドを全身で泳いでいたことでしょう…膝の上の震えた猫がいなければ。
*
「さぁ、王子…どうぞお召し上がりください!」
私は口と鼻を布で巻き、何とか【リンゴのプディング(物体x)】を王子の目の前に置いた。
王子は物体xを見て顔を痙攣らせた。
「ひ…姫?これは?」
「リンゴのプディングです…熱いうちにどうぞ!」
と言ってスプーンを渡す。
「え…熱いというか…確かに熱そうというか、熱すぎそうというか…だ、大丈夫なのだろうか?これは?」
「大丈夫ですよ?なんなら私がフーフーして食べさせてあげましょうか?」
との悪女の囁きに王子は
「え…ひ、姫のフーフー?それは…何とも魅力的な…い、良いのだろうか?」
「もちろんですわ…王子が嫌でなければ…」
すると王子は一度私の物体xを見たが涙目になりつつも私の(美人の)フーフーという魅力的な誘惑に負けてついに覚悟を決めたようだ。
「………よろしく頼む…姫」
と美少年が目を瞑り口をあーんと開けた。
オッサンだけど口臭はないわね。良かった。
可愛い牙が見えた。
私はその可愛いお口に容赦なくスプーン山盛りの物体xをすくい上げ、フーフーとして放り込んだ。
瞬間口を押さえて立ち上がったオッサン美少年は目ん玉をひん剥き何とか吐かないように我慢している。
私は可愛くキョトンと首を傾けて
「どうなさったの?王子…?」
と問うと美少年はカタカタと震えつつもゴクリと飲み込んだ。そして…
身体が真っ赤になり異様な汗をダラダラ掻き、白目を剥いてバタンと派手に倒れた!!
………やってしまった。とうとう。
その音を聞きつけ、静かにノアさんが2階から降りてきて倒れた王子と物体xを見て
「お嬢様…これは私が処理をしますね…」
と王子だったものを抱えて転移魔法で連れ去った…。
私は人を……。ごめんなさい…王子…本当に!願わくば来世で料理の旨い子と結婚してね…。
と思った。
*
転移先は以前の地点の豪雪地帯に降りた。
私はマジックポケットからいざと言う時に使うかもしれないと買っておいた棺を取り出して中に王子だったものを押し込みギッチリ鎖を巻いて雪の中深くに魔力で穴を開けて放り込み、雪で埋めた。まぁどうせ後で蘇生するでしょうが。あまり早くこちらに戻られても厄介なので。
手を組み
「神様…本当に死にますように!」
と願い、またお嬢様の元へと転移した。
戻ると直ぐにここも小屋毎転移をすることにした。魔力の痕跡はなるべく経っておいた方がいい。あの竜人族はしつこい。
全く、引っ越してばかりだ。
お嬢様との残された僅かな時間くらい静かに過ごさせてほしい。
「ノアさん…また転移したのね?え?ここは…」
お嬢様が驚くのも無理もない。
次の転移先は…海の中にした。
「えええええええーー!!!??」
お嬢様は驚いて窓に張り付いて魚を見ている。
ふふふ、可愛いなぁ。
何故海の中にしたのか?
たぶんあの竜人族はお嬢様の匂いと私の匂いを覚えているし、私の魔力を辿って来るという器用なことをしている。だから陸では嗅ぎ付けられる心配があった。ならばと魔力と匂いも感知しにくい水中ならばと考えた。
実際竜人族がこれまで魔法省や人間に見つからなかったのはあの地下帝国に隠れ住んでいたからに違いない。あのような場所では魔力感知はあまりできないだろう。幻とされるのもそのせいだ。
「このような眺めも珍しいでしょう?」
と私はお嬢様の作られた殺人料理…いえ、芸術作品を袋に詰めてマジックポケットにしまおうとしたら
「ちょっと!それ…捨てないの?」
「ええ…何かの役に立つかもしれないと思って…」
「何かってなんなのよ?」
「ふふ、秘密です。お嬢様の芸術作品ですから捨てるなどとても勿体ないので」
マジックポケットは時間停止の空間倉庫で便利だし保管に適している。
しかしそこでお嬢様は悲痛な顔をした。
「………ノアさん…わ、私…やってしまったわ…人を…しかも王子を…こ、殺してしまった…」
とお嬢様は自らの過ちを悔いている。
だが、あれは実は死んでいない!気絶してるのを雪の中に埋めて放置はしてきたが。
「大丈夫です…お嬢様…私は何も見ていません…。そもそもお嬢様の犯行を私が人に言う訳ないじゃないですかっ!」
犯行という言葉に反応してお嬢様が
「は、犯行…ぴえん!」
と泣き出す。
完全に殺ってしまったと思い込んでらっしゃるとは!可愛いなぁ!
「ううっ、こんな犯罪者の私なんて家に帰れるわけないわ!!流石に人を殺しておいて表を明るく歩けない!!」
「大丈夫です!犯罪ならもう私もとっくに犯してます!お嬢様を拐って監禁と言う!お嬢様がお望みなら、私はいつまでもお嬢様をお隠しします!!もちろんこれまで通りお世話はさせていただきます!安全が確認できたらお外へも変身魔法を使ってでもお連れいたしますよ!?
もちろん私はあの王子とは違ってお嬢様には鎖などつけませんし……もし…お嬢様に好きな方ができたらもちろん解放させていただきたいです…」
「へ?」
お嬢様は今日一驚いた顔をなさった。
驚いたお嬢様も大好きですけど。
*
「へ?」
私は思わぬ言葉に驚いた!
何とか
『殺人しちゃった!ぴえん!どうしよう!!もうダメ!表を歩けない!私は犯罪者だわ!お家に帰れない』
で誘導して
『大丈夫です!お嬢様のことは私が世間から隠し一生お世話をして養わせてもらいます!愛してます!お側に居て下さい!』
と言う言葉を貰う予定だったのに、もちろん前半は狙い通り養ってもらうと言うか犯罪者を匿ってもらうとは言っていたけど、愛してますとは言わなかったし、私に好きな人ができたら彼は解放するらしい。
「お嬢様?」
いやいや、別に匿ってもらえる=養ってもらえるだから愛してるって言われなくても良いよね?
そもそもさっき【愛するお嬢様】と言ってたし愛されてるのは確実じゃないの!
で、でもまた解放しちゃうんだ!?な、何でよ!?私のこと好きでお世話したいくせに私が他の人を好きになったらあっさり身を引くって何なのよ?
ていうかこんな所に閉じ込められてて出会いもクソもないんですけど!!?しかもお前を越える美形に出会えるとか早々ないんですけど!?夜会行くこともできないんですけど!?
そう考えたらあの王子生かしておけば良かったの?一応美少年だったし、王子と言う地位も権力もあった。
いや!ダメよ!ヴィオラ!あれはあれで虫とか平気で食ってる地下帝国だから!!ティータイムに本日の虫クッキーとか出されたら絶対に嫌だ!!食文化を変えるとか言ってたけど直ぐには無理でしょ!?中身はおっさんだから!
「お嬢様??」
ハッ!!
「なっ…何?」
「あの…当面はこれまで通り窮屈な生活になるかもしれません…。お嬢様を家に返すということも…無理かと思いますし…」
それはそうだ…。
母親が使用人と駆け落ちし、その娘も婚約が嫌で逃亡したことになっているのだ。帰ったらお父様にはビンタの10発でもされるか弟からは辛辣な毒を吐かれるに決まってる!
…結局私に優しくしてくれるのはこの変態執事だけなのかも…。
「………解ったわ…これまで通り私はここにいるわ…………そ…それでノアさん…あの…デザートはいらないかしら?」
「えっ!!?」
ノアさんは困惑した。
「あっ…あのお嬢様…もしや…私にも死ねと仰るなら喜んで私はアレを食します!お嬢様の為ならこの命…捧げますんで!!」
と言う…。まぁそうよね。
「貴方みたいな変態執事ならそう言うと思っていたわよ!………そ、そうじゃなくてその物体xではなくてこちらの赤いものよ…」
とトントンと指で自分の唇を叩いてみた。
ノアさんはようやく意味が解って真っ赤になると
「お嬢様…あ…あの…でも…そんな私如きがいいのですか?」
私も恥ずかしくなった。
「いっ、嫌ならいいのよ!!人には好みがありますからね…」
「いえ…とても好物ですよ…」
と近寄られた。
「いいい、言っとくけどここだけだからね!!他はダメ!!」
と慌てると律儀に
「畏まりました」
と至近距離で額を合わせられたから
「じゃ…じゃあ…どうぞ…召し上がれ…」
と言うとノアさんの蒼の瞳に私が映り込み…
「いただきます…」
と私はノアさんに唇だけいただかれた。
*
ハッ!!
目が覚めると僕は何か小船の上にいた。周りには花がギッシリ敷き詰められていた。
そして側にはヒゲモジャの黒い服の男がいて船を漕いでいた。
「何だ!?お前は!?何処だここは!?」
「ああ、もうすぐ向こうに着きますんで。俺は死の案内人だべ。あんたはもうすぐ向こう岸の死の国へ行くんだべ」
と言う。
な、何?死??
そ、そうだ。私は…確か姫のデザートをフーフーしてもらいあーんとした所で意識を失ったのだ。
どう言うことだ!?
まさかこの僕が姫のデザートを食べただけで死の国に連れて行かれようとしているだと!?
じょっ!冗談ではない!!
「死んでたまるかーーー!!降ろせ!僕を今すぐに!!」
「あっ!!またか!?暴れんじゃねぇべ!うわっ!!」
船が揺れて僕はドボンと赤くて熱いヘドロの中に落ちた。
そして…
「ハッ!!!」
僕は覚醒した。
しかし何だ?真っ暗で今度は妙に寒くて静かだ!!どうやら僕は箱に閉じ込められているみたいだ!?
「どうなっている!?」
箱を押し退けようとしても蓋が開かん!!
「お、おのれえええ!!」
僕は魔力を放出し箱を壊し脱出した!!白い雪がボッと舞い、どうやら雪の中に埋められていたらしいことに気付いた。
「ここは…もしや…以前姫がいた所!?こんな所まで戻されたのか!?」
あの男がやったことは検討がついた。
そして姫のデザートで死にかけたことも思い出した。というかまだ、気分が悪いし熱が凄い。
これはちょっと無理だ。帰って寝たい。
僕はフラフラしながら自分の国へ一旦帰った。
そして1週間程寝込んでしまった!!
何ということだ…食文化の違い…。
姫が解り合えないと言ってたことがようやく理解できた気がした。
「つまり…姫の料理で僕は殺されかけた…人間とは…恐ろしい生き物だ…」
僕の先祖が人間から隠れて地下に潜るはずである。子供の頃の僕はここから出たくて外に冒険に行くのが好きだったが…。平和が一番なのかもしれない…。
……あの男は姫の料理を食べてもまだ側に居れると言うのか…。それならば彼は本物の…
「勇者だ…」
と呟くとお世話にきた、侍女が
「ラディム王子…?どうかなさいましたか?それよりお食事をお持ちしました」
と好物の虫スープを差し出した。
「うむ……やはり食文化だな…」
「は?」
と侍女はキョトンとした。
さようなら姫…貴方の名前を聞かなくて今は良かったと思う。そして私に人間の恐ろしさを教えてくれてありがとう。
これからはひっそり生きます…。
と僕は勇者と姫をひっそり応援することにした。
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