さよならの代わりに

 ――――1枚の絵を描かせてほしい。


 帰省で訪れた田舎。その山中で出会った女の子にそう頼まれた。


 漆黒の艷やかな長髪が波打つ。


 彼女の姿は陽の光よりもずっとずっと眩しかった。


 君の方が絵になるよ。


 そう言うと彼女は困ったように微笑んだ。


 描きたいのは自分の絵じゃないらしい。


 立っているだけでいいのか。


 頷いた彼女は立てていたキャンバスに鉛筆を走らせる。


 暫くすると暇になって、ここに来た理由を思い出していた。


 昔お世話になっていた神社が大掃除をすると聞いた。人手が何人か欲しいということで家族を代表して行かされたのが僕だ。


 ま、それだけが理由じゃないけど。


 記憶の奥底で眠るちぎり


 誰かと何かを約束していた。


 思い出せないそれがいつも心の中に残っている。


 その約束を果たせるような気がしたんだ。


 目を閉じて枝葉の擦れる音に耳を澄ます。


 都会の喧騒けんそうとは違う心地よい音色。


 体が自然に包まれていく。


 目を開けると女の子もキャンバスも消えていた。

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