第9話、洋菓子争奪戦

「プ、プリンですか?」


「そう。でもまだ市販目的ではないです。

ジェシカ王女様に召し上がっていただいてからになります」


「お、王女様にですか!」


「そう。生クリームの方も、シュークリームは予定通り販売するけど、次はジェシカ様を攻略してからにしましょう。

明日のシュークリームも、20個ほどジェシカ様に届けてくださらない。

総務局長経由でアミからだって伝えてもらえば届きますから」


「シュークリームを王女様に召し上がっていただけるんですか!」




「サラダを王女様にだってぇ!」


「ええ、今日も従者の方が来られたみたいですけど、入手できなかったって言ってました」


「お、王女様に会われたのかい?」


「ええ、今日お目にかかり、これからは週に一度お目通りさせていただきます」


「あ、あんた、本当に4日前テーブルに座ろうとしたアミちゃんだよね…」


「や、やめてください。何も知らなかったんですから…」


「それが、翌日にはお嬢様に化けてくるし、とんでもないレシピを教えてくれるし…」


「なんだか夢見たいです」


「そうだ、こんなに有名人になっちまうと、字の練習どころじゃないだろ」


「それでも、夜には一生懸命やってるんですけどね」


「昼間、子供たちに教えてもいいって人がいるんだけど、どうする?」


「ぜひお願いしたいです」


「週5日で、教材込み。月に金貨1枚だっていうけど、場所はここの2階を使ってもらう。

昔、城勤めしてたご隠居さんでさ、暇を持て余してるんだ」


「お願いします!」


「ただ、あの人きっと厳しいよ」


「大歓迎です。二人とも世間知らずですから」





「おはようございます」


「おう、来たな。

早速、アミノクリーンの仕事だ。

午前中は運輸部門のコンドと一緒だ。

町はずれの倉庫の掃除だ。

午後は金属工房の掃除で、産業担当のサヤカと一緒だ」


「わかりました」


「明後日、金曜日はお城よ、みんな予定入れないでね」


「「はい」」 「ういっす」




「悪いね、こんな汚い倉庫に来てもらって」


「大丈夫ですよ。驚くほどきれいになりますから。

じゃ、アミちゃん」


「はい、『クリーン!』」

キラキラキラーン♪


「うおー! 油汚れの俺の作業着まで新品みてえだ!」


「ご満足いただけましたか?」


「ああ、古い機材とか専用の倉庫だったんだが、新品を持ち込める。

ウソみてえだ。

なあ、これって、機材とかにも使えるのか?」


「錆とかは難しいかもしれませんが、汚れは落とせますよ」


「わかった。少なくとも定期的に頼むからよ」


「お待ちしています」




「なあ、ホントにこんな金属の粉や油にまみれた汚れが落とせるのか?」


「夕海亭を見たんでしょ」


「ああ、それで頼んだんだが…」


「なら、信用してくださいよ。

アミちゃん、お願い」


「細かい部品なんかは運び出してありますよね」


「ああ、大丈夫だ。

機械以外は片付けてある」


「では、『クリーン!』」

キラキラキラーン♪


「おお、隙間に入り込んだ油もきれいになってるぞ」


「機械には油をさしてから使ってくださいね。

多分、汚れとして落ちていますから」


「おお、そうだよな。使い始めみてえだよ。

これなら、機械のメンテナンスとしても使えるよな。

定期的に頼むからよ」


「人気殺到ですからね。

先の分まで予約してもらった方がいいですよ」


「わかった、3か月後で予約してくれ。

日程と時間は任せる」


「3か月後ですねわかりました」


「よろしく頼む」




「ふう、調整は手間取るけど、作業は一瞬ね。

ねぇ、うちでお茶でも飲んでいかない」


「あーっ、いいですよ伺いましょう」


「助かるわ、旦那が別の町に転勤になっちゃって、子育てと仕事で掃除してる余裕がないのよ」


「お子さん、おいくつなんですか」


「7歳の男の子なんだけどさ、仕事中は近所で預かってもらえるんだけど、土日はべったり」


ガチャ


「あがって」


「先にやっちゃいましょう。

外側から『クリーン!』」

キラキラキラーン♪


「中も『クリーン!』」

キラキラキラーン♪




「まいったわ。家の外側も、中もピッカピカよ。

出しっぱなしだった布団なんか、もうフカフカで、食器もピカピカ。

工房の主も、次回3か月後の予約を入れてもらったわ」


「そんな事だろうと思ったわ」


「アキラだって、下着を作ってもらってるんでしょ。

同じじゃない」


「私は…、王女様に言われたらやらざるを得ないでしょ。

そうだアミ、王女様からお礼の花が届いたわ。

シュークリーム届いたって」


「シュークリーム?なにそれ」


「お菓子専門のリンカ堂のお菓子よ。この間アミがサンプルに持ってきたでしょ」


「えっ、私…食べてない…」


「あっ、サヤカさんいなかったので、僕が二ついただきました。

美味しかったです」


「えっ、サヤカさん食べてないんですか。あんなに美味しいもの…」


「えっ、みんな食べたの…私だけ…」


「人数分持ってきたんですが、また今度持ってきますよ」


バン!


「アミ!あれはなんだ!」


「えっ!ジェシカ様、どうされたんですか?」


「どうもこうもあるか、なぜ、あんなものが作れるんだ。

父上も母上も一口食べただけで目を見開いて無言になった。

その様子を見ていた局長どもが、物欲しそうな目をしたんで半分ずつ分けてやったら、女子職員どもが押し掛けてきた。

結局、私は最初の一個しか食べられなかった。

王女という立場がなかったら、5個は食べられただろうが、欲されて分け与えなかったら沽券にかかわる。

お前に、あの口惜しさがわかるか…」


「はあ…」


「毎日とは言わない、二日に一度でいいから、回してほしいぞ」


「でも、明後日は未発表のものを持参する予定ですが」


「なに?未発表…」


「ええ、リンカ堂で作らせています。ジェシカ様に最初に食べていただいて、それから販売ベースに乗せようかと」


「それも美味しいのか」


「多分…」


「コホン、わかりましたわ、明後日を楽しみにしていましょう。

総務局を通さずに、直接私の元に来てください。

あっ、みなさん、今の話は極秘でお願いしますね。

では、ごきげんよう」


パタン


「ねえねえ、王女様が血相を変えて飛んでくるお菓子ってなに。

王様をあんぐりさせちゃうの…私だけ…、まさか、所長まで」


「ああ、旨かったぞ」


「そうだ、明後日の新作!」


「サヤカ、気持ちはわかるけど、王女様の前に食べるわけにはいかないわよね」


「うっ、それくらい当然のことだろう…」


パンパン


「分かっているだろうが、今の話は極秘だぞ。

万一口外してみろ、俺が城から呼び出しを受ける」


「「「了解です」」」


「ああ、でも王女様って素敵…」


「ああ、金髪碧眼ってやつだな」


「生ジェシカ様…」



二日後です。


「ジェシカ様失礼いたします」


「アミ、待ちかねたぞ…手ぶらではないか、私の菓子はどうした。

まさか、総務局に横取りされたのか!」


「お人払いをお願いします」


「どうした、みな下がっておれ」


「ジェシカ様にだけ、秘密をお話しします。

この国でも3人しか知りません」


「な、なんだ」


「私は、物を収める空間を持っていて、そこに入れて持ち運ぶことができます」


「空間だと」


「はい、このように出し入れ自在でございます」


「…分かった、それの重要性は理解できる。秘密は絶対に守る」


「これが、新作のプリンでございます。

スプーンだけご用意いただけますか」


「誰かスプーンを持ってきてください。ティースプーンでいいです」


「はい、ただいま」


「どれ、………」


「ああ、心地よい冷たさです。甘く、舌の上で溶けるような触感…」


ジー


王女を突き刺すような視線が貫く。

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