第7話 弁明と隠蔽

「えっと、あはは……。寝ぼけてるんですかね、私」




メリスは今にも泣いたり叫んだりしそうな様子だ。水の張ったコップが表面張力でギリギリで耐えているような様子だ。




「落ち着いて、聞いてくれ。殺されかけたんだ。正当防衛なんだ!」




カエデが叫んで訴えると、メリスは自分も殺されるのではないかと恐怖した。しかしそこにいるのがカエデであったため、ギリギリの冷静さを保っていた。




「レイフィはそんなことするような子じゃないです……」




レイフィが死んだ女を指していることは容易に分かった。




「だが本当のことなんだ」




「そんな、そんな……」




わざわざカエデがこの場所で殺す理由なんて、相手が来たから以外に他にはない。




しかしその道理を説明して、今の彼女が落ち着くとは思えなかった。




何を言おうか迷っていると、




「カエデ様の言っていることは正しいですよ」




言いながら、少女が窓から軽やかに入って来た。




「初めましてカエデ様。ササと申します。張り紙を見て来ました」




金の髪がメインで、所々纏まった黒髪が生えている。伸ばせば腰までありそうな髪をポニーテールにしている。




服装は黒の着物に、ベージュの袴。無駄のない動きが服の動きからも見て取れる。




「あれに気づいたのか! それにしても早いな」




「確かに気づきにくいでしょう。ですが、普段の景色を焼き付けていれば異様に目立ちますよ」




張り紙は、昼間にメリスに張らせたものだ。出来るだけ分かりにくい場所に、暗号文を書いたものだ。




その内容は、情報通、及び暗殺者募集。


頼もしい仲間を得た、カエデはほっと一安心した。




「初めましてメリス、私は一部始終を見ていましたが、確かに彼女が寝ているカエデ様の背後に立って何やら怪しげに手をかざしたのを見ましたよ。すぐさまカエデ様は飛び起きて、そこからは殺し合い。結果は見ての通りです」




「どうしてあなたは止めに入らなかったの?」




怒るように聞いた。




「入れなかったんですよ。この窓から中には。鍵がどうのこうのとかではないです。結界のようなものです。外部からの侵入を完全に拒絶する、かなり高等なものでした」




メリスは少し落ち着き、話始める。




「レイフィは、中等学校からの友達でした。小動物からよく愛されて、誰かに嫌われるということもありませんでした。私は彼女のことをよく知っています。だからこそ、彼女が人を殺すとは思えません」




「多分だけど、彼女は操られていたよ」




「ありえますね。結界を張れるような人ですから」




「そんな、じゃあレイフィは何の罪もないのに死んだんですか」




カエデは俯く。事実として、そうなのだ。殺そうという意思を持ったのは彼女ではなく、その裏にいるあの憎い女なのだ。




「全ては彼女を操り、カエデ様を殺そうとした人間が悪いのだ。レイフィのことを思うのであればその人物を見つけ出そう。まずは落ち着けメリス。君は先に休むといい」




ササに諭され、メリスはきちんとしたベッドで横になった。




「さて、どうしましょうか。彼女がカエデ様を殺そうと王宮に侵入したというのは信じてもらえるかもしれません。しかし、操られていたというのがどの程度信じられるか。実際、そんな魔術がつかえる人間、聞いたことがないです」




「そうなると彼女の名誉が傷つくな」




「ええ。カエデ様を殺そうとするなんて、死刑ですら足らない重罪です。事実が公開されれば少なからず彼女にも飛び火がいくでしょう。メリスですらあの取り乱しようです。情報はねじ曲がって伝わります」




「だが隠すのは気が引ける。彼女にも家族がいただろうし、その死を伝えなければ」




「そうですね……。家族だけには伝えましょうか」




「ああ。そうしよう。恨まれても仕方がない。それ以降の処理は、考えておく」




「では、私の初仕事です。暗いうちに、彼女の母親、いるならば姉妹にも伝えます」




「頼んだ」




彼女は着物の内から黒の大きな鞄を取り出し死体を優しく入れた。まるで死体を入れることわかっていたかのように、そのサイズは丁度それが収まる程だった。




一礼したまま、彼女は窓からさらりと外へ出ていった。




カエデはまだ、手に肉の感触が残っていた。身体に着いた血は乾燥し始め、掻けばかさぶたのようにぽろぽろとはがれていく。




この国のどこかに奴はいる。


まだ体を這うような恐怖心は残っている。




これはもう国のためだけではない。奴を、いや、奴らを全員殺さなければならない。




もう一度。




カエデには記憶がない。しかし覚えている。記憶としてではない。全身が覚えているような感覚。




自分が殺した女四人を、もう一度。






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