第6話 今、再びの殺し

「もちろんよろこんでお教えしますが、教えてもらえなかったのですか?」




カエデは魔術が使えなかった。




この世界で魔術が使えるというのは当たり前のことではない。しかしルヴァル国の人間はそれを使うことが出来る。だが、条件がある。




この世界の空には一の月、二の月、三の月があり、このうち三の月が見えている内は、初等魔術程度なら使うことが出来る。一の月と二の月は同じくらいのサイズである。しかし三の月は一まわり小さい。




女ばかりで人数も少ないこの国が外の国から戦争を仕掛けられないのはこれが理由である。




「ああ。なんか、『魔術は危険ですし、カエデ様がこれを使わなければならない状況には、決して致しません』って言われちゃって。だからこの部屋にも魔術書はないんだよね」




そう言って本棚を見まわす。




「では、このメリスが手取り足取り教えて差し上げます! こう見えて、魔術は得意なんです」




えっへん! というように体を逸らして両手を腰に当てる。




「じゃあお願いするよ、先生」




「せん……先生、ええ、ええなんだか悪くない響きです! いやーーまさか先生と呼ばれる日が来るなんて、照れちゃいますね」




メリスは頬を赤らめた。




「じゃあ早速、初等魔術から」




そう言うと、机の上にある白紙を一枚目の前に持ってきて、胸ポケットから取り出しにくそうに万年筆を取り出した。




「カエデ様は、勉強はお得意だと聞きました。でしたら魔術もすぐ出来ます。見せた方が早いですよね」




メリスは紙に慣れた手つきで円形の模様を描いた。それほど複雑ではなかったが、すぐに真似するのは難しそうだった。




「美しき自然、その基底がひとつ、火」




目を閉じてそれをとなえると、模様の上に浮くような炎が現れた。




「おお……。実物は初めて見たよ。凄いんだね」




「そんな、すごいだなんて」




照れながら、しかしもっといいところを見せようと、今度はその紙を裏返す。




そうして両手を、水をすくうように構えると、そこには先程と同じような火が現れた。




「慣れてしまえば、こういった魔術陣や詠唱というのは必要なくなるんです。算数のひっ算と同じです。慣れてしまって暗算が出来る人には必要ないんです。コツは、脳内で魔力の流れを適切な量、適切な場所に集めることです。魔術を使う瞬間瞬間で、同じ魔術でもそれが変わるんです」




「全く出来る気がしなくなってきた。もっと、パッと出来るもんだと思ってたよ。甘かった……」




「カエデ様ならできますよ! それに私が、いや、先生が何とかして見せます」




そう言って微笑みかけた。




「では早速、この陣の書き方と意味から……」




カエデはそれから一時間ほどかけて、ゆっくりとだが魔術陣を書けるようになった。




「つまり、この環境の情報を示す図形を描かなきゃいけないんだね」




「そうです、全てではないですが、必用なもの。今ですと、火の呪文ですのでこの紙のように燃えるものとか。高等魔術になればなるほど、必用な条件が多いので、魔術陣を読み解くだけで大変なんです。でもゆっくりで大丈夫です!」




「この初等魔術は、どのくらいで出来るようになるんだ?」




「大体、一ヶ月ですかね。私はそのくらいかかりました」




「そんなにかかるんだ」




その日はそのまま練習に明け暮れた。結局、全く出来ずに二人は仲良く机に突っ伏して眠った。






しかし真夜中である。




何か気配を感じたのか、飛び跳ねるようにカエデは起きた。隣にはメリスが寝ている。




「久しぶりですね」




そこには赤色の髪の女がいた。昼に見た女だ。どうにも殺したいと思わせる女だ。




殺したい。殺さなければならない。そういった直感が、恐怖が心臓を這う。




「お前は一体、誰なんだ?」




「あなたは私を知らない。でも、私は知っている。あなたと違って、私は転生したのだから」




「何を言ってるんだ?」




「知る必要はないわ。あなたは死ぬのだから」




女の真っすぐな髪が流体の様に滑らかに動いた。刃物などの凶器をもっている様子はない。こちらに近づいてくる。




だがカエデは、全力で回避した。まるでその攻撃を知っていたかのような適切な回避。




「やっぱり、記憶なんかよりも深いわね」




脳みそは、恐怖で支配されていた。理由もなく、自分は殺されかけている。その理不尽を訴えていた。しかし身体は脊髄反射で最適な行動を取る。




それはまさしく、殺人の動き。




赤髪が闇夜に溶けるように消える。


カエデはすぐさま振り返る。


そこに体があるであろうと確信する。


近くにあった万年筆を握り、首があるであろう位置へと思い切り突き立てる。




本来ならば、空を切るような行為だが、そこにはしかし鈍い感触があった。




それを感じるやいなや手前に引きちぎるように力をいれる。




血がカエデの顔にかかる。




首を右に傾け、左側から噴水のように血がでる。




女は叫ぶこともせず、笑ったまま、倒れた。




「遂に、罪なき人を殺したわね。所詮は人殺し」




どこかから、女の声が聞こえる。先ほどの女性の声ではない。しかし確かに同一人物だ。殺したくなるような、美しい声。




音がなくなり、そこには、赤い毛の美しい女の死体だけがあった。




罪悪感が襲ってくる。それは、殺すべき人ではなかった。自分が殺した女共とは違う。罪なき人を殺した。不必要な殺人。なぜだかそれが分かる。直感という言葉が正しい。一切の論理性がそこにはない。だが正しいのだ。その事実がカエデの鼓動をいっそう早めた。




「どうかしたんですか?」




眠気眼をこすりながら、メリスが起きる。




そこには返り血に濡れたカエデと、少女の死体があった。




その髪は血に濡れて、美しい。




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