第5話 二人の女の誘惑と恐怖

「ここにチェックした人を招集してくれ。僕の名前を出してもいい。君が言うなら、みんな信用するだろう。でもまあ、一応」




そういって、カエデは一枚の紙を渡した。




それは彼が待っている間に書いていたものだ。直筆の文書に、王宮の押印。これさえ見せれば必ず信用する。むしろ来なければ法律に反する。




「では、頼んだよ」




「任せてください!」




メリスは文句どころか、余計な言葉を発することなくきびきびと働いた。最初に抱いた間抜けそうだという印象からはすっかり変わっていた。だが彼の部屋を出る際には段差で盛大につまずいていた。




二時間ほどが経過した。王宮一階、エントランスには総勢百人程度の人が集まっていた。無論全てが若い女性である。どれも美人ではあったが、ひときわ目を惹いた人物が一人いた。




それは恐ろしい程の色気であった。露出が多いという訳ではない。むしろこの海の国にしては珍しい長袖である。しかし醸し出される雰囲気は、まるで媚薬を身に纏っているかのようだ。黄金の髪は室内だというのに、太陽の加護でも受けているかのように煌めいている。瞳は宝石のように透き通った水色。肌は薄い黄色である。




中でも特に美しいのは唇であった。つややかなそれは、今すぐにでも吸い付きたくなるような造形。たまに見えかくれする歯と舌には透明の唾液が糸を引き、いたずらにこちらを誘う。




一目でわかった。それが、クイン=デボラであるということが。




しかしカエデは、それ以上に驚いてしまった。その中の一人に見覚えがあったのだ。それも鮮明に。しかしそんなはずがあるはずがない。あってはならなかった。




女は乾いた血のような髪を美しく整え真っすぐ背中まで垂らしている。瞳もそれと同じだ。胸は小さく、肌は黄色。




そんな女と前世には会ったことがない。だが、彼女は一人の女性を思い出させた。




どこか生き写しなのだ。




彼女は、カエデが殺した一人目の女性に似ていたのだった。




それでも驚きを悟られないように階段へ向かう。彼が中央階段に現れるとと、全員が彼を見つめて硬直し、直後に深々とお辞儀をした。




「君たちはどうして呼ばれたのか、まだ分かっていないだろう。それにもかかわらず、集まってくれてありがとう」




一礼をする。




「これから君たちには、ちょっとした試験を受けてもらう。といっても前女王がしたようなきちんとしたものではない。もっと簡単で、誰にでもできることだ。だが、これをやれば概ね決まる。詳しくは、終わってからだ」




カエデがメリスに目配せする。そうすると彼女は皆の方を振り返り、話始める。




「今から皆様には、今ここにいる全員について順位をつけてもらいます。項目は、賢さです。ただ勉強が出来るかどうかではなく、人を見る目や、騙されない力、騙す力。そういった全てを総合した、いわば頭脳の優れ具合について評価していただきます」




メリスは束のような紙を配り始めた。そこには1から100までの数字と、その横に名前を書くための空欄があった。




「もちろん、ご自身の名前を記入してください。カエデ様は、ただ多数決で決めようとしているのではありません。自分を客観的に見る力、他人の評判を把握する審査の眼も必要だと考えていらっしゃいます。つまりこの試験は多数決による指標と、結果として得られた総合順位を答えとしたテストの正答率の二つの指標を兼ね備えているのです!!」




まるで自分が考えたかのようにメリスは誇らしげであった。




「「「おお」」」という声が広がり、段々とざわつき始める。




「締め切りは明日の昼十二時までです。一秒でも遅れれば失格ですからね。気を付けてください。では、各自解散!!」




メリスがそう告げるとざわつきは段々と大きくなり、皆は王宮から姿を消していった。




「どうなりますかね」




書斎へ戻り、二人は椅子に座って向かい合わせになり会話していた。




「君の見立てはどうだい?」




カエデは努めて赤髪の女のことを考えるのを抑えていた。




「私はやっぱり、クインさんが上位に来ると思います」




メリスはデータを見てはいないため、彼女の秘密も知らない。




「彼女のことを、どれくらい知っているんだい?」




「あまり話したことはないのですが、みんなが彼女のことを噂してますから。学生時代から超のつく優秀さ。加えてあの美貌ですから。ここだけの話、私コワいんですよ。クインさんを差し置いて、私がカエデ様の相手をすること、怒っているんじゃないかって」




それはないだろう。むしろ男なんかといる必要がなくなって清々しただろう。




「あはは、僕は、君でよかったと思っているよ。一人目としては適任だ。前女王はさすがだね」




彼女は顔を赤らめる。




「そういえば、頼んでおいた張り紙は張って来たかい?」




「はい。ただ、あんなことして、何か意味があるんでしょうか? どうせ掲示するならもっと目立つ場所にした方が」




「こればかりは君にも言えない。悪いね」




「悪いだなんてそんな」




大袈裟に手を振って否定する。




「ところで、だ。あー、その。昨日は計画の説明でいっぱいになってしまったんだが、もう一つ、重要なお願い事があるんだ」




「何でしょうか」




「僕に、魔術を教えてくれないか?」










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