第3話 クリスタルは反射する

「いいかい、これは未来の為に必要なことだ。今必要なのは子どもを作ることじゃない。子どもがすくすくと育つことの出来る環境を作ることだ。分かるね?」




「はい!」




何ともおかしな状況であった。ベッドの上ともなれば保健体育の授業と言われるべきはずなのだが、これはほとんど国の改革についての社会の授業であった。




「そのためにまず、僕が信用できる人間を用意する。具体的には三人だ。ここで言う信用とは、その人が下した判断ならば無条件に賛同できることを言う。だが、頭脳だけではいけない。心も必要だ」




今度は哲学めいたことを説き始めた。彼は前世でもそうだった。今から殺そうという相手に対して、何だか説教めいたことを言い続ける。それが癖であった。性癖か、悪癖か、はたまた両方か。全く分からない。




「君はその一人目だ。信用する」




メリスはぱあっと笑顔になった。カエデはそれを見て一層、得意げに話した。




「人を疑うのは重要だが、無駄に疑いすぎる人間は無能だ。人間は無限の思考が出来ないのだから、適度に切り上げる必要がある。分かるかい?」




「はい!!」




「うんうん。いい返事だ。そうと決まれば話は早い。君には相談役になってもらう。と言っても僕が長い間計画してきたことだ。全体像は構成済みだ。問題は細部。神は細部に宿ると言われているからね、君にも考えてもらいたい。まず初めに……」




それから二人は全裸のまま、顔を突き合わせて計画を練った。明日のことを考えるだけで五時間も経ってしまった。そのまま二人は、まるで親しい兄妹のようによりそって寝てしまった。




計画開始だ。夜更かししたというのに、カエデは六時丁度に目を覚ました。隣にはメリスがよだれを垂らしながら心地よさそうに寝ている。




カエデは洗面所に行き顔を洗った。少し残っていた眠気は冷水と共に流れ落ちた。全ては日課である。今日が特別なのではなく、いつもしている行動だ。




それから寝室を出て長い廊下を左へ進む。しばらくすると螺旋状の階段が現れそれを登る。




朝日が眩しい。気持ちのいい朝だ。彼は毎朝ここへ来る。この国は朝もいい。潮風が顔を撫で、匂いを運んでくる。それに何より、太陽の光が海に反射し街のシンボルであるクリスタルに集まり、そして輝く。そのクリスタルは六角形であり、大きさは半径一メートルほどもある。それが街の中心のカラフィルズの塔のてっぺんについている。その名の通り、カラフィルズという女性の学者が作ったもので、朝のこの時間に輝くように設計したのである。その様子はいつ見ても素晴らしい。集まった光がクリスタルの中に閉じ込められたかのように反射を繰り返し、不規則に点滅する。




街では人々が動き始めていた。カエデから見れば点が動いている程度にしか認識は出来ない。




これら人々の未来が自分にかかっている。そんなことをカエデは考えない。ただ自分が計画したことをそのまま実行する。彼は一日の流れを何度も脳内で繰り返していた。




朝七時。朝食の時間である。王宮内の侍女が用意する食事はそれなりの質ではあるが、カエデの口にはあまり合わない。良くも悪くも貴族の食事なのだ。たまに食べるならば素晴らしいが、毎日がそれでは舌が疲れてしまう。やはり習慣的に食べるのは庶民的な味の方が良い。人を殺すのも、当たり前では面白くないのと同じだ。普段は普通に生活をしつつも、ある瞬間途端に殺すから面白いのだ。




朝食を終えて、八時だ。王としての仕事はほとんど与えられない。そもそも外の国はルヴァル国に男が生まれたことを知らない。知られれば、大問題だ。外部の男がいらなくなるということは、自分たちが良い女を抱くことが出来なくなることである。彼らはそれを阻止すべく、王を殺そうと戦争を仕掛けてくるかもしれない。実際、最近は列強諸国に対する小さな国々の反発は勢いを増し、どうもきな臭い。




カエデはしかし、行動を起こした。まずはデータを集める必要がある。あと二人、優秀な管理官を用意する必要がある。自分一人では全く時間が足りないと、計画を立てる中で考えていたのだ。




前女王が試験の際に集めていた資料が必要だ。昨夜、その手配はメリスに頼んだ。彼女はそろそろ起きただろうか。




午前九時、自室へ戻る。そこにはメリスが風のよく通りそうな、上下一体の白いワンピースを着て立っていた。




「すみません! 私、朝はよわくって……」




「構わない。じゃあ、手はず通りに頼むよ」




「任せてください」




一礼して、メリスは去っていった。




それを見送るとカエデは隣の書斎へと移った。カエデが教師とマンツーマンで授業をしていた場所は別の階に用意されている。この書斎は、彼一人の場所だ。書斎と言っても王宮の一室、それは落ち着かない程に広い。具体的には縦横が十メートル程もある。あまりにも無駄に広い。どうにかスペースを埋めようと、たくさんの本棚や机、スツールやを用意したが、まだ広い。だがこれからは、ここで多人数で会議をするかもしれない。そう考えれば丁度いい。




カエデは机に向かった。紙と万年筆を取り出し、何やら書き始めた。万年筆は全体が黒く、先だけが金色だ。初めて万年筆を渡された時はごつごつとした宝石がそこらに施されたものだったが、どうにも不便だったため変えてもらった。




それから一時間もしないうちに、メリスが戻ってきた。カエデは筆を置き、彼女の持って来た書類を受け取った。




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