第2話 世界の知識と性行為と計画
皆はシガラの死によって、カエデが大きく変わったと思っている。それは確かに正しいが、本当の意味を知っている人間はカエデ自身のみである。
彼は前世の記憶を取り戻した。しかしそれは記憶喪失のようなもの。前世のあたりまえは全て思い出したが、自分の名前やその世界については何も思い出せない。だが脳裏にこびりつくように、美しい少女を殺した瞬間の記憶が四つある。
シガラの死から、もう十年が経過した。
このルヴァル国は人口が二万人程度しかいない。全てが女性である。この血が入った人間はほとんどすべて女性である。そのため、外の国の人間と交配をしなければならない。
国は海に放り出されたように点在する諸島である。七つの島々をつなぐ橋が要である。その橋の中でも特に、大陸に繋がっている唯一のランダーラ橋は、まさに生命線だ。これがなくなれば、子供が生まれることはなくなり、この国は滅びるであろう。
だが現在、数千年に一度と言われた男が生まれた。カエデの前は、二千年近く前のファドという男にまでさかのぼる。彼が王として治めている間は、ルヴァル国は他のどの国にも負けない強さを誇ったという。しかし彼の死後、国は衰退の一途を辿り、今では列強諸国に性を搾取され続ける日々だ。この国の名産品は魚などではない。大陸内の人間は、そんな生臭い食い物よりも女を望む。実際、国民は美人ばかりだ。
カエデは記憶を取り戻して以降、女が外の国へ流れるのが我慢ならなかった。それは性欲から来るものなのか、あるいは愛国心によるものか、彼にはまだ分からない。しかし六歳のカエデにはまだ、国を変えられる程の威厳がなかった。どれだけ優秀でも、周りは過保護になり、カエデが王宮の外へ出るのを拒んだ。
そうしてようやく、大人として認められる十六歳になった。そうして同時に、王として正式に国のトップに立つことになったのだ。
王になる儀式は王宮内ですべてが行われるため、簡単なものだった。六十歳の女王から、意匠の凝らされた冠を受け取り、頭へ一度載せるだけ。眼下には沢山の国民が恍惚と見上げていた。そのどれもが、やはり美人ばかり。こんな美女を他国の人間が貪るなど、許せなかった。
王になって最初の仕事はその日の夜に訪れた。当然と言えば当然のことだが、国民の中から選び抜かれた美女と性行為に及ぶのだ。
真っ白いベッド。部屋の四方には小窓が付いている。
ルヴァル国の夜は美しい。星が燦然と煌めいている。邪魔する灯はない。その星々すらもかき消すような月光が室内に照らされている。
その女の名前はメリス。カエデと同い年の女の子だ。月光は彼女の白い身体を美しく照らしている。それは白というよりは月の色だ。クリーム程度のベージュが薄く肌を覆っているようだ。さながら月の羽衣である。
髪は栗色で、真っ白い肩に垂れている。白い顔が故に目立つのはその瞳だ。海のように濃いブルーでカエデを尊敬の念を以て見上げている。
ベッドの上、彼女は裸で待っている。カエデが今、お風呂から上がった。ローブを纏ってベッドに挙がった。
いよいよ性行為に及ぶのだとメリスが一段と身構えた。
一方カエデは、予想こそしていたものの、実際に裸の女性がいるのを見て、少し驚いた。カエデは王宮の外に出たことはない。だから、王宮内に出入りする人間以外は見たこともないのだ。まさかこんな絵に描いたような美人がいるのか、と流石に驚いたのだった。しかし戸惑ったり躊躇したりはしない。全ては十年間、計画していたことだ。
「カエデ様、メリスと申します。王位になられたその夜に、この身体が迎えられることを心から感謝いたします」
ベッドの上できちっと座り、深々とお辞儀する。
「いくつか確認したいことがある」
「なんでしょうか」
「君はどうやって選ばれたんだい」
カエデはこの瞬間までどの女が来るのかを知らなかった。しかし元女王が必死に選別していたことは知っていた。それらはすべて、計画に入っていることだ。
「ご不満でしょうか……」
女は絶望したように眉をひそめた。
「いや、いや。そういう訳ではない。とにかく知りたいんだ」
女は少し戸惑っていたがすぐに答えた。
「試験です。前女王様が計画し実行した試験。顔の美しさと、それから礼儀作法、学力。これらの総合試験にて決まります」
「となると君はその中でもトップだったわけだ」
「え、ええ。はい。そうでございます」
照れたように答える。
「一つ聞きたいんだが、君はその三つの試験、全てで一番だったのかい?」
これを聞くと女は目を伏せた。
「いいえ、違います。学力は、まだ上がいました。カ、カエデ様は賢い女性が好みでしょうか?」
必至に聞いてきた。
「いいや、そういう訳ではない。初夜に選ばれるのは顔のいい女だということは想像していた。だが、予想以上に上手くやる御人だ、女王様は」
カエデはしばらく考えた。
「よし。決めた。君は第一管理官にしよう」
「はい?」
素っ頓狂な声を出す。
「君が足掛かりだ。一番大変で、一番重要な人物になる」
カエデはメリスの白い肌ではなく、ただその深い青色の瞳を見つめていた。メリスは顔を真っ赤にしながら、何も分からないまま、「はい」とちいさく返事をした。
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