第三十話 試験
小春は目を覚ますと土の上にいることに驚いたが、すぐに昨夜のことを思い出して納得する。
錦と秋穂は先に起きているのか寝姿がない。辺りを見渡すと、少し離れた場所で二人座って話していた。
小春が起きたことに気が付き目が合うと、小さく手を振ってくれた。
やはり美男美女というだけあって、二人の並び姿はとても絵になる。もう一度寝転んで、ぼんやりとその風景を眺めた。
しばらくすると、牡丹と鳥介が朝食を持って起こしに来た。
昨夜、錦たちを責めていた先輩や手負いの隊員は、先達として朝一ですでに都へ向かったそうだ。
他の都行きの隊員は今日中に荷物をまとめ、明日の夜明けに出立となるだろう。
「おはよう諸君、しっかりご飯は食べたかな」
その声に振り返ると、鶴丸、銀次、虎丸、兎京の他に郷長の姿もある。
「おはようございます、郷長様、先輩方」
「おう、おはよう。今日はな、これからお前たちに抜打ち試験をしてもらう」
郷長の言葉に小春達は固まった。誰しも考えていなかったことだ。
「やはりな、ここからの任務は過酷なものになる。新米のお前たちは真っ先に都へ返すのが通りだ。なのに誰一人として都行きへ名乗りを挙げなかった」
郷長は六人を顔を伺う。
「郷を守りたい気持ちは嬉しい。しかし、身に余る野望は己を破滅へと追い込むだけだ。これからはお前たちをずっと傍で守ってやれる余裕もない。理想だけで生き残れるほど、甘い世界ではない。だから厳しい事を言うが、ここからは足でまといは強制的に都へ返す」
背中に冷や汗がつたった。
郷長は意志を尊重してくれる人だと聞いて、郷に残りたいと言えば残れるものだと思っていた。だが考えてみれば当たり前の話だ。小春達は、他の隊員とは違う。まだまだ半人前なのだ。
そうして郷長が見守る中、郷に残るための試験が始まった。
まず瘴気で汚染された場所をきれいにし、道を切り開くために必要な浄化の力。
次に、妖怪に襲われるなど怪我をした際に必要な治癒の力。
最後に、拠点や己を守るために必要な結界を張る力。
この三つの言霊をしっかりと使いこなせれば、郷に残ることを許される。
小春たちは、外回りの浄化作業以上に緊張し、真剣な面持ちで挑んでいた。試験中にちらりと郷長の顔色を窺ってみるが、常に険しい顔をしており、それにまた肝を冷やした。
一通り試験を終えて郷長の前に並ぶと郷長は全員の顔を見渡した。
そしてゆっくりと考えるように目を閉じた。その沈黙に心臓が鷲掴みされているような感覚になる。
それぞれ得手不得手があるものの、試験をやり遂げる実力は身に付けていた。一般の試験であれば、合格点であろう。
だが、これは一般の試験ではない上に、合格基準は郷長次第だった。
郷長が目を開き、先輩六人を手元に呼んだ。何やら指示を出すと、牡丹は少し眉をひそめる。
その光景を不思議に眺めていると、新米六人の前に先輩が一人ずつついた。皆、一様に真剣な表情をしている。
「では、始めてくれ」
郷長の号令で、先輩たちはそれぞれ短刀を素早く取り出した。嫌な予感がした時には、目の前に赤いしぶきが飛んでいた。
「先輩方の腕を治癒の力で治してやってくれ」
先輩たちの腕にはだらりと真っ赤な血が伝い、地面にしたたり落ちた。
信じられない出来事に郷長を見つめるが、郷長は真剣な表情で全体の様子を見守っているだけでそれ以上は何も言わなかった。
「小春、頼むわね」
牡丹が痛みにこらえながらも微笑んだ。
腕から流れる血の量から、軽い切り傷ではないことがわかる。早く治さなければ、牡丹が危険だ。
頭の中が真っ白になりそうになるのを必死に振り払い、現実と向き合う。
「すぐに治します。少しこらえてください」
小春は急いで言霊を唱えた。まずは血を止めて、傷をふさぐ。自分たちの試験のためとはいえ、傷跡も残したくはない。
言霊に集中するが、牡丹の腕にかざす手や声が震えた。いままでこんな傷を治したことがない。
小春は治癒の力を使うのは苦手ではなかった。しかし目の前で慕う人の腕から血が飛び、こんなにも緊迫した状況での治療では、自分がちゃんと言葉を発せているかわからなくなった。
ひとまず止血できたことに安堵し、一度深呼吸をした。気持ちを落ち着かせて、再度治療にあたる。いまだに冷や汗は止まらない。
しばらく詠唱を繰り返していると、牡丹が顔を上げ小春を見つめた。
「もう大丈夫よ。ありがとう」
うっすらと傷跡が残ったままだが、牡丹はそう言って右手で小春の頭を撫でた。その言葉に小春は全身の力が抜ける。
他の皆を見渡すと、琴音がまだ虎丸を治療していた。他の皆は、治療の終わっていない小春や琴音をじっと見守ってくれていたようで、目が合うと小さく微笑んでくれた。
「小春ちゃん、ひとまずお疲れ様」
冬哉の小声に微笑み返すと、琴音の声が止んだ。治療が終わったようだ。
皆が一斉に郷長を見ると、郷長もどこか安心した顔で頷いた。
「みな、よく成長してくれた。新米六人も先輩六人も、全員合格だ」
その言葉に歓喜と安堵の声が混じりあった。
「牡丹、よく頑張ってくれたな」
銀次が牡丹の背中を強めに叩いて笑った。よろめいた牡丹も驚いた顔をした後に銀次を見上げて笑う。
「銀次、俺のことも褒めてくれたっていいじゃない。俺も勇気出したんだから」
「お前に傷がつくのと、牡丹に傷がつくのじゃわけが違うだろ」
「そんなあ、不公平だ」
銀次は笑いながら豪快に鶴彦の頭を撫でた。
「それにしても、さすがに肝が冷えたぜ。先輩たちがみんな一斉に自分の腕をざっくり切るんだもんよ。郷長が近くにいるとはいえ、俺でも手が震えたぜ」
夏月が郷長をちら、と見やりながらため息交じりに言う。これには全員同感だった。
「実践を踏まえた試験をしなければ無意味だからな。いざ、先輩や仲間が目の前で傷を負ったとき、焦りや動揺を押し殺して治療できるかどうか。また、先輩は後輩を守る勇気や覚悟はあるのかどうか。本当に皆、よく成長してくれた。ありがとう。牡丹、おいで。傷跡も消してあげよう」
「いいえ、郷長さま。これは私の覚悟の傷跡ですから。このまま残しておきたいんです」
牡丹は自分の腕の傷跡をそっと撫でた。
「そうか、無茶な試験をさせたことは承知の上だ。すまんな。だが、その覚悟なしではこの先やってはいけん。皆、郷を頼むぞ」
一同が返事をし、郷長へ礼とともに頭を下げた。
午後は昨夜の牡丹の宣言通り、体術を習った。
走りなどの持久力はつけていたものの、俊敏的な動きはいまだに慣れず、先輩の拳の動きをなんとか目で追えるだけだった。
「もう、動けない」
虎丸が訓練の終わりを告げると、冬哉はその場に倒れ込んだ。それを真似して小春や琴音も近くの草場で寝転がる。皆で訓練終わりに寝転がった事を思い出し、最近のことなのに、なぜかとても懐かしく感じた。
「今日は緊張のほぐれと疲れですぐにでも寝ちゃいそう」
琴音の呟きに皆が頷いた。
その言葉通り、夜に談話室に集まったものの全員が寝落ちそうになったので、その日はすぐに寝ることにした。
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