第二十四話 相談
それから毎日のように妖怪に出くわすようになっていた。
その日も銀次の班と小春の班は、外回りの浄化作業にあたるために街中を歩いていた。
ふと、小春は景色に違和感をお覚え首を傾げる。
「こんなところにお地蔵さんっていましたっけ?」
何体かは黒い苔に覆われかけているが、道の端に地蔵が五体並んでいる。
「俺はあんまりこっちの方には普段来なかったから、わからないな」
錦と冬哉は馴染みのない道だったようで、違和感はないようだ。
「一応、そこにはいた気がするぞ。だが、こんなにたくさん並んでいたかな。俺は週に一度だけ、この道を通るだけだったから自信はないが」
銀次は記憶を探るためか、眉間にしわを寄せた。
「見て、このお地蔵さんだけ変な顔してる」
「あ、冬哉、無闇に近づいちゃダメよ」
牡丹が冬哉の手を引くと同時に、冬哉の目の前の地蔵の一つ目がぱっちり開くと、赤い舌をべろんと伸ばしてきた。
運よく冬哉は牡丹のおかげで、顔を舐められずに済んだ。
「うへぇ」
間抜けな声を出す冬哉に反して、一つ目の地蔵は赤い舌を見せながらゲラゲラと笑い始めた。
すぐさま牡丹が聖水を振りまくと言霊を唱え、地蔵めがけてお札を飛ばした。すると笑い声はおさまり、一つ目も閉じられた。次第に地蔵から霧が出ると、二体の地蔵が消えた。
「元々は三体の地蔵だったみたいですね」
錦が消えた地蔵を遠目で観察していると、牡丹は一息ついた。
「笑い地蔵になっていたみたいね。さ、冬哉も立って。気をつけなきゃだめよ」
「ごめんなさい、助かりました」
「本当にここ最近、急激に妖怪が増えてきたな。そうだ、昨夜、別の隊で輪入道の後ろ姿を見た者がいるらしい。輪入道はその顔を見ると、魂を抜かれると言われているから、音と気配には十分に注意しておいてくれ」
「輪入道って、燃える大きな滑車の真ん中に、いかつくてどでかい、いかつい顔がついてる妖怪ですか?」
冬哉が記憶を確かめるように聞いた。
「そうそう、遠目からでも想像より大きかったって言ってたわ」
「見たらダメってことは、目をつぶって隠れてやり過ごすしかないってことですか? ちなみにどんな音がするんでしょう?」
「君たちは身を潜めてやり過ごして。目を閉じたままでの応戦は無理だろうからね。音は、滑車が回るカラカラって音と、それが燃え続けるチリチリって音がするらしい。あと、時々顔のおっさんがうめき声を出すともいわれている。また、やつは巨体な上に燃えているから、熱気でも位置を感じ取れるだろう。とにかく、気配を感じたら身を潜めて目を閉じる、いいね」
「わかりました」
鶴彦の説明に小春たちは納得したが、できれば会いたくないものだと思った。
妖怪の襲来が増え、それがまた想定していたよりも攻撃的なため、午後の訓練は敵からの攻撃を結界ではじく、というものだった。
先日、結界の張り方については習っていたので、今回はその応用だった。しかし訓練は思った以上に厳しいものとなった。
まず、結界と言いうのは自分たちを守るために全方向に張ることが多いが、それだと消耗する力も大きい。
そのため、一方向からの攻撃の場合には、その面だけ結界を張るのが適切なのだが、長期戦ともなれば持久力も必要になってくる。
つまり、長期戦で応戦し続けるためには、いかに適切な大きさの結界で攻撃を防ぎ、繰り出し続けられるかが重要となってくるのだ。
そこで今回行われている訓練は、三人一組に分かれ、動き回る先輩達から放たれる小石を結界を駆使して回避するというものだった。
「いつどこから敵の攻撃があるかわからない。まずは自分を守ること、そして仲間を守ること。猫神様からいただいている力の、聴力と感覚を研ぎ澄ませ集中すれば、草陰の蟲の羽音も聞こえるはずだ。ただ、集中しすぎて結界を張るのを忘れるなよ」
先輩の動きは速いうえに不規則で、飛んでくる石を防ぐだけで精一杯だった。誰がどこから投げてきたかなんて、頭も目も追えなかった。
そんな中、皆の動きが慣れてきたと感じたのか、小石に混ざって水風船や火薬札までもが投げ込まれる始末だ。訓練が終わるころには、大きな怪我はないものの新米六人はズタボロにされていた。
「今日は早めに訓練を終えるけど、自己回復と復習は忘れずに。以上、解散!」
鶴彦がその場を締めると、先輩たちは応援要請があったのか一瞬にしてその場からいなくなった。
「先輩たちもあんなに動き回っていたのに、息も乱さず走り去るって、同じ人間なのか疑うわ」
琴音が尊敬を通り越して呆れたように呟いた。
「鍛えてきた年数が違うのよ」
今回の訓練では秋穂もだいぶ参っているようだ。言葉に力がない。
その後、少しずつ動けるようになった者から個人で練習を始めた。
小春は今回の訓練で、皆よりも結界を出す反応が遅いと自己解析していた。
しかし、それをどう直せばいいのかわからず、誰に相談しようかと今日の訓練を思い返してみる。少し見れただけだが、この訓練が得意そうなのは錦と夏月だけのように感じる。
さっそくどちらかに相談しに行こうと思ったが、そこでまた一つ悩んだ。どちらに聞きに行こうか。正直なところ、関わりの多い錦に頼みたいところなのだが、なんだか気恥しさが勝ってしまう。行きたいけど、行きたくない、そんな矛盾した気持ちが小春を襲った。こんなことで悩んでてはいけない、と視線をさまよわせていると水休憩に入った夏月と目が合った。
この機を逃してはいけないと感じ、小春は夏月の元へ駆け寄った。
「ああ、なるほどな。たぶんだけど、小春は防御の前に怖がっちゃってるんじゃないか? 多少怖がるのは仕方ないとして、あれこれ考えすぎて行動が遅れてるとか」
夏月の助言に、結界を出す前の感情を思い起こしてみる。
「うん、色々と考えてるかも。どの方向にどう出そうって事以外にも、失敗したらどうしようとか、他の人の邪魔してないかとか」
「それだな。小春はまず、自分の事だけを優先に考えるべきだ。自分の身は自分で守れって鶴彦先輩も言ってたし。あと、良いこと教えてやるよ。同じ気持ちで生み出された言葉ってのは、重なっても弾きあわない。
例えば、琴音が冬哉を応援して”頑張れ”と声をかける。その隣で秋穂も冬哉を応援して”負けるな”と言ったとする。多少言葉は違っても応援する気持ちは同じだから、冬哉には両方の声援が力となって届く。
結界も同じで、後ろから来た石を防ぐために小春が結界を出したとする、それと同時に俺もそこに結界を出したとしても、お互いの結界が弾きあうことはない。むしろ、結界が重なり合ってより強いものになるんだ」
夏月の説明に、そこまで考えが及んでいなかった小春は、関心と納得と驚きの感情が溢れ、ただただ首を上下に動かした。
「ふはっ、赤べこみてぇ。試しに一度やってみるか?」
赤べこみたいと言われ思わず笑ってしまったが、気持ちを切り替えて挑戦させてもらう。
「そうだな、今は石は飛んでこねえから。守りたいって気持ちで結界作ってみろ」
夏月の指示に従い、小春は自分の目の前に手をかざすと気持ちを込めた。
「守りの壁」「結界」
小春の声に続き、すぐ横で夏月も結界を作り出した。それぞれ別に作られた結界は、境界線がぶつかっても反発しあうことなく溶け込んで、大きな一つの結界となった。
「本当だ。確かにあたし、無意識に思ってたかも。隣の人が作った結界にぶつかったらどうしようって。ありがとう、この情報は大きいよ」
「そうか? そりゃよかった。なんだかんだで詰め込み授業だから、俺らにとって当たり前のことも、教え切れてないんだよな。俺も役に立ててよかったよ」
「うん、本当にありがとう。助かったよ」
小春は夏月との会話で確かな手ごたえを感じ取っていた。嬉しそうにほほ笑む小春に夏月は再度微笑むと、急に遠くを見つめ小さくため息を漏らした。
「こういう不安を共有できるのが仲間ってもんだ。言葉ってつくづく大事だと思うよ。俺なんて特に、言われないと相手の気持ちなんてわかりゃしねぇ」
夏月は視線を小春に戻し、にっと笑う。
「とにかく、誰もお前を迷惑だなんて思ってねぇ。困ったことがあればすぐに言えよ。いざとなれば、助けてやるから」
「ありがとう。なんだか力が湧いてきた気がするよ。あたしも皆を助けられるように頑張るね」
「お? おう。頼りにしてるぜ」
そうして自主練習を終え、夕飯を済ませて、汗を流しに向かっていると、小春は後ろから錦に声をかけられた。
「小春、少しだけいいか」
「大丈夫だけど、どうしたの?」
錦は小春と一緒にいた琴音と冬哉を見やると、もう少しだけ距離を取るように合図をした。
「なにか、内密なお話?」
小春が緊張気味にそう聞くと、錦はうつむき気味に頭をかいた。
「そういうわけじゃないんだが」
そう間をおいてから、錦は小春を見つめた。
「小春、訓練の後、夏月と何か話し込んでいるようだったが……。なんかあったら俺にもすぐ言えよ。一応、俺が今の班の班長なわけだし、把握しておきたい。それだけだ、邪魔して悪かったな」
それだけ言うと、小春の返事も聞かずに錦は他の先輩方に交じっていってしまった。
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