第二十三話 泣き声


 その後の訓練も虎丸達に散々しごかれて、夕食後の小春たちは、いつものように談話室の片隅で体力と精神回復に努めていた。


「あたしちょっと厠まで行きたいんだけど、誰か一緒に来てくれる?」


 小春が立ち上がりながら問いかけると、琴音と冬哉も立ち上がった。

 何処へ行くにも一人行動は禁止と決めていたので、どこかに行きたい場合はこのように声をかけているのだ。


「一緒に行くよ。私もそろそろ行っておきたいし」

「ありがとう、じゃ、あたし達ちょっと行ってくるね」

「暗いから足元気を付けてね」

 秋穂に返事をしてから三人で早速歩き出すと、遅れて錦もついてきた。



「最近、夜は時に妖怪の気配が強くなってきたな。なるべく大人数で行動した方がいいかもしれない」


 役場の中だというのに、錦は周囲を確認しながら歩いていた。


「今夜も、昨日みたいに来るのかなぁ。幽霊じゃなきゃいいんだけど」

「本当に琴音ちゃんは幽霊が苦手なんだね。妖怪は……平気なんだよね?」


「うん、なんて説明していいかわからないんだけど。こう、幽霊は元は同じ人間だったっていうか……ほら、妖怪だと動物とか自然の類が多いでしょう? だから怨念みたいなのの感覚が違うから、まだ平気なんだよね」


「琴音ちゃん的には、雪女は妖怪なの? それとも幽霊?」

「雪女は妖怪として確立されてるから平気」

「うん、ごめん。聞いておいて申し訳ないけど、よくわからないや」

 冬哉の謝りながら頭をかく素直な感想に、みんなが笑いながら、無事に厠までたどり着いた。


 夜の厠の雰囲気は、どうしてこうも不気味なのだろうかと小春は思いながら男女に分かれ厠に入る。


 小春と琴音が厠から出ると、錦と冬哉はすでに厠から出て待っていてくれた。

 さて戻ろう、と渡り廊下を歩いていると、琴音が急に小さく悲鳴を上げ小春にしがみついた。


「な、何? どうしたの?」


「声聞こえない? 先輩の声とかじゃなくて、なんかすすり泣くような。ほら、やっぱり聞こえる」


 その声は小春の耳にもしっかりと聞こえた。

 掠れたような声で、途切れ途切れだが、誰かが泣いている。そんなに遠い距離ではない。


「誰か、こんなところで泣いてるのかな。ちょっと探してみる?」


 小春も怖さはあったが、誰かが悲しんでいると思うと放っておけない気もした。そんな小春に琴音は首を横に振る。


「いや、やめておこう? ほら、遅くなると秋ちゃんもかづ君も心配するしさ」

「でも……」


「なら、僕と琴音ちゃんはここで待ってるから、錦と小春ちゃんは少し近辺を探してみてよ。それでどう?」


 冬哉の提案にも琴音は首を横に振った。


「琴音、お前さすがに怖がりすぎだぞ。嫌な理由を言ってみろ」


「だって、兄さんは気づかないの? 女の人の泣き声だよ? 退治屋には何人女性がいる? 数えられる人数しかいないし、だいたいが知り合いなんだよ? 誰の声でもなさそうだし、こんな時にこんな所で一人で泣くのっておかしくない? こんな時に泣く女性隊員は、新米の私らでなければすでに退治屋なんてやめてるはずよ」


 琴音は一気にまくしたてると、錦から顔をそむけた。


「うーん、人には色々事情もあるし。もしかしたら、付き添いの人が黙ってるだけでいるかもしれないよ?」


 冬哉が困ったようにつぶやいた。

 小春もどうしてよいかわからず冬哉と錦を見つめる。


「仕方ないな。どちらにせよ、こういう場合は無闇に俺たちが動かないで、先輩に報告するのが得策か」


 呆れたように錦が結論を出すと、みんなそれに納得した。琴音も一息ついた時、小春は驚いてすすり泣く声の方向を振り向いた。


「待って、声がこっちに近づいてる」

「足音なんてしないぞ!?」

「だから幽霊は嫌って言ってるのよぉ」


 四人は慌てふためき、琴音なんかは涙を流しながら急いで渡り廊下を渡り切ろうとした。すすり泣く声はすでに近くまで来ている。

 役場の廊下の入り口を琴音が開けている間に、錦は渡り廊下を振り返った。


 からからころん――。


 そんな音と共に、渡り廊下に小石が転がってきた。なにやらその小石から泣き声が聞こえる。

 琴音は扉を開いたが、四人は廊下に入り込む姿勢のままその小石を目にしてぴたりと動きのを止めていた。


 泣き声が止んでいる。


 四人は各々考えをまとめていた。なぜ今、小石が転がってきたのか。どうして泣き声は止んだのか。泣き声は小石からだったのか。

 そんなことを考えていると、また小石からすすり泣く声がした。


「ひいっ」

 小春が驚き、とっさに隣にいた錦に抱きついた。


 小石がゆっくりとこちらに向かって転がってくる。土とは違い、木の床の上ではコトコトと音が鳴った。


「はあ、石? 幽霊じゃないのね? あんた妖怪なのね? ……私、本気で怖かったんだから、きれいさっぱり浄化してやるわ!」


 いつもの弱気な琴音はどこへやら、つかつかと小石に近づくと襟元からお札を取り出した。お札を口元にあて、言葉を込める。


「これで悲しくなんてないでしょう、自然へ還りなさい」


 小石にお札を素早く貼ると、小石から霧のようなものが出て静かになった。気が付けば辺りの雰囲気も不気味さが消えている。

 事の終息に気が抜けた小春は、錦の腕を軽く掴んだまま、ゆっくりと腰を落とした。


「石が、泣いてた」

「夜泣き石という妖怪だ。色々いわれはあるが……まあ、下級妖怪だ。大丈夫か?」

 小春は動揺を隠しきれないまま、錦の手を借りて立ち上がった。


「ふっ、あんなに怖がってた琴音ちゃんが、石だとわかった途端ケロッとしたのに、小春ちゃんは石だとわかると怯えるとか、ふふふっ、おもしろすぎ」


「笑ってやるな。誰しも知らなきゃ驚くだろう」


 そう言う錦も笑っている。急なことだったとはいえ、錦に抱き着いてしまったことに加え小春は恥ずかしくなって口をつぐんだ。


「ああ、もう早く戻ろう。もうやだ、あんなに怖がって損した」

 琴音は琴音で、散々怖がって泣いてしまったことを悔やんでいる。


 なんだかんだでみんなで笑いあいながら部屋に戻ると、戻りが遅いと夏月が口をとがらせていた。


 ちょうど銀次達も来ていたので、夜泣き石が出て、浄化したことを報告した。

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