第二章 退治屋
第七話 提案
小春が目を覚ました時は、すでに陽が落ちて辺りは暗くなっていた。
いつの間にか気を失っていたのか、神社からの帰りの記憶がはっきりとしない。
「おお、気分はどうだ。初めて妖怪に出会ったこともあって、瘴気にあてられたんだろう。急に倒れたから驚いたぞ」
隣で付き添ってくれていた祖父が、瓦版から視線をはずし小春の調子を伺った。
「ありがとう、もう平気だと思う。ごめんね、心配かけちゃって」
「いや、小春が無事で何よりだ。それでな、病み上がりにこんな話をするのも悪いんだが、小春に一つ提案があってだな……」
祖父が神妙な顔つきで小春の顔を見つめる。
「提案?」
「ああ。小春、お前自身を守るためにも、退治屋となってわし等と一緒に活動してほしい。わしの孫だから、素質はあるはずだ」
「あたしが退治屋に!? 少し憧れはあるけど、あたしには無理だよ」
退治屋とは祖父がまとめている集団で、妖怪退治から蟲退治、地域や人の役に立つ腕っぷし集団というのが小春の印象だが、実のところ詳しくは知らないでいた。ましてや、最近知った言霊師の集まりであることは、微塵にも思っていない。
「これから、いつ何時また妖怪に襲われるかわからん。退治屋で一緒に活動できれば、そばで見てやれるし、わしでなくとも守ってくれる人がいる。逆を言えば、今日の小春みたいに、妖怪に襲われた人を守ることができるようにもなる。
本音を言えば、今回の件に関して人手が足りなくてな。素質のある人材が少しでも必要なんだ。自分の孫を危険に晒すことになることは重々承知だ。だから、無理にとは言わん。
しかし、祖父としてお前を守りたい気持ちと、郷長として今回の件に協力してほしいという思いが、この提案の理由だ。
もちろん、まだ何も退治屋についてわからないことは承知している。急に現場に出す事はしない。お前と年の近い奴らが訓練生として何人かいてな、まずはそやつらと一緒にちゃんと訓練もさせるつもりだ。……どうだろう」
小春は唸りながら考え込んだ。
それから今日の出来事を思い出し、自分の考えをまとめるようにゆっくりと話しだした。
「あたし、今日は本当に怖いことがたくさんあった。全部、悪い夢だったような気もするくらいに現実味がなくて。わけわかんない妖怪が急に襲ってきて、本当に怖かった。あの時、錦さんが助けに来てくれなかったら、きっとあたしは死んでいた。そう思うと怖くて、本当に怖くて、今でも体が震えそうになる。もう、あんな思いは正直したくない。……でも」
小春は自分の気持を確かめるように、一度目を閉じて深く息をした。
祖父はその先の言葉を急かすことはせずに、ただ小春を見つめている。
「でも、今日のあたしみたいに動けなくなってる人を助けられるなら、この郷を守るお手伝いができるなら、わたしはお爺ちゃんに協力したい」
「……小春」
「楓から、もしかしたらこの郷にはもう住めなくなるかもしれないって聞いたの。……あたし、季節ごとに彩るきれいなこの郷が好き。この郷の人が好き。だから、あたしにできることがあるならやりたい」
「……そうか。ありがとう、小春」
祖父と一階へ下りると、居間にいた家族がこちらを振り返った。
「もう具合は平気?」
「うん、もう平気。心配かけちゃってごめんね」
心配そうな母親にそう返事をして、いつもの場所で腰を下ろそうかと思った時だった。
「小春をわしの下で、退治屋として育てようと思う」
祖父は、早々に家族にその事を切り出した。
「急に何を言っているんですか!? 小春、あんたもそれでいいのかい?」
座っていた母親が身を乗り出した。
「うん。少しでも役に立てるなら、あたしは退治屋としてお手伝いしたい」
母親は乗り出した身を引っ込め居住まいを正す。父親の方を向くが、父親は素知らぬふりをしている。
「父親として、この子の命に関わる時くらい何か言ってやってくださいませんか。いくらお爺様の下とはいえ、退治屋なんていつ何が起こるかわからないんですよ?」
父親はちら、と母親を横目で見てからため息をついた。
「小春が決めた事だ。自分を見出したのなら、それが命に関わることであれその意思を買ってやればいい」
「小春が死んでもいいって言うんですか!?」
「そうは言っていない」
「……柊平が退治屋になると言っても、同じことを言えますか?」
「柊平は大事な跡取りだ」
「小春も大事な娘です! あなたの心境は、お義父様からもお義母様からも聞いて知っているつもりです。どうして私と結婚なさったか、ということも。ですから、小春へのあなたの態度も多めに見てきました。ですが、まだ何の芽吹きもしていない娘を、見殺しにする様な」
「芽吹いていなくたって、あの木に見初められたんだ。時間の問題だろう!」
両親がここまで声を荒げて言い争う姿を見るのが初めてだったからなのか、小春には話の内容がつかめず呆然と立ち尽くしてしまった。
「……なんの、話をしているの?」
やっと絞り出した小春の声を聞いて、両親は口をつぐんでしまった。
それを見かねて柊平が立ち上がり、小春の元へ来る。
「小春、二階へ行こう。父さんも母さんも突然のことで頭の整理がつかないんだろう。心配しないでいいから、お風呂にでも入って休むといい」
柊平を見上げると、いつものように優しく微笑んでくれた。
「おいで小春、取り乱してごめんなさい。でもね、あなたは私が生んだ大事な子よ。誰かの為だからと、あなたの命を無駄にするようなことはしないでちょうだい」
「わかってるよ母さん、ありがとう」
*****
次の日、朝起きると下の階が騒がしかった。
「おはよう、小春。ちょうど起こしに行こうと思っていたのよ」
「どうしたの? 朝からこんなに騒がしくして」
「本当に急なんだけど、昨日の夜に話し合ってね。うちも今日、都へ行くことにしたのよ」
「そんなっ、もう行くの? いくらなんでも早すぎるよ」
「ごめんね、小春」
母親は小春をきつく抱きしめた。
「この周辺にも瘴気が溢れ始めているの。何かあってからじゃ遅いからって、お父さんが意地張っちゃって。小春を置いていく形になっちゃって、ごめんね。お爺様がいるから大丈夫だと思うけど、絶対に無理だけはダメよ」
小春も母親をきつく抱きしめ返した。
「あたしが自分で決めたことだから。大丈夫だよ。お母さんも気を付けてね」
「ありがとう、小春」
体を離して顔を合わす。
「つらい時はちゃんと言うのよ。ちゃんとご飯は食べること。無理はしないで。きつかったらいつだって母さんの所に来なさい。お爺様にも話してあるから、都への道を作ってくれるはずよ」
「ありがとう。できるだけ頑張ってみるよ」
「強く育ってくれて嬉しいわ。まったく、誰に似たのかしら」
笑い合うと、もう一度強く、ぎゅっと抱きしめた。
「そろそろ、順に出発するらしいぞ」
淡白な父親の声に小春は振り向いたが、目が合った瞬間そらされてしまった。
それと入れ替えに兄が家に入ってくる。
「これやるよ」
手渡された小さな紅い巾着を開けると、中の包みには色とりどりの飴が入っていた。
「わぁ、かわいい。ありがとう! 大事に食べるね」
「朝一で手に入れるの苦労したんだからな。達者でやれよ」
兄はくしゃっと小春の頭をなでた。
小春は嬉しさと寂しさで涙が出そうになるのを、ぐっとこらえて気が付く。
「あたし何も渡せるの用意できてない」
「いいんだよ。また無事で元気な姿を見せてくれれば」
いつもであれば子ども扱いしないで、と手を振り払っていたが今日は大人しく頭をなでられた。
「あの人もね、本当は心配しているのよ。口にも顔にも出さないけど」
母親は困り顔で父親のいる方へ目線を向ける。
「さすがにあの態度じゃわかんないよ」
三人で笑ってから、母親はもう一度、今度は軽く小春を抱きしめた。
「それじゃ、私たちは行くわね。本当に無理だけはしないでね」
「うん、気を付けてね」
小春は家の門まで見送りに出ると、家族の姿が遠ざかるのを寂しさをこらえて見守った。
家に入ると先ほどまでの騒がしさが打って変わって静寂に包まれていた。
残されていった食器や家具も、どこか寂しそうに見える。
「あたしも荷物まとめなきゃ」
小春は自分に言い聞かせるように呟くと、自分の部屋に向かった。
外では都への出発の列で賑やかな声が聞こえているが、壁一枚隔てた空間がこんなにも雰囲気を変えるものかと実感した。
そんなことを考えながら身支度を終えてなお、心ここにあらずというように、ぼーっと部屋を眺める。
昨日意気込んで退治屋になることを決め、これから新しい環境に身を投じることになったわけなのだが、上手くやっていけるのか不安が募り始めていた。
腕達者な人に囲まれて、足手まといにならないだろうか。
本当のところ、母や兄と一緒に都へ行った方が正解だったのではないだろうか。ぐるぐるとそんなことを考えてしまう。
ふいにカタンッと音がして振り返ると猫が鳴いた。
部屋の入口に、若葉と双葉がいる。
「あれ、あんた達、母さんと都へ行ったんじゃないの?」
小春が膝立ちのまま近づくと、二匹の猫も歩み寄って体を擦り付けてきた。
触りなれたその毛を撫でるだけで、なぜか不思議と元気をもらえる。
「そうよね、一度決めたんだからしっかりしなくちゃね」
立ち上がって荷物を抱えると深呼吸をする。
「おいで、お爺ちゃんの所へ行こう」
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