第八話 仲間
神社につくと、こちらも何やら騒がしかった。
二匹の猫を荷物の上に乗せるように抱き上げて、邪魔にならないように境内の隅を移動しながら祖父を探した。
拝殿を覗き込むと、忙しそうに指示を出し動き回る祖父の姿が見える。
「さすがに、声をかけられる雰囲気じゃないよね」
猫に話しかけると、背後から少女の声が聞こえた。
「あの、橘小春さんですか?」
そこには三つ編みおさげの巫女服を着た少女が立っていた。
「あっ、はい。そうです。すみません、勝手に中を覗いてしまって」
「猫ちゃん! 大人しくてかわいいですね。触ってもいいですか!?」
小春が振り向くや否や、少女は近くに歩み寄って双葉と若葉をのぞき込んできた。
「ええ、どうぞ」
急な反応に驚きながらも、小春は猫を前に差し出した。
「わあ、もふもふ……。あ、私ったら話の途中にすみません。郷長様から小春さんについて伺っていまして。まだ郷長様は手が離せないので、私達の所へ来ていただいても良いですか?」
若葉を抱き上げた少女は猫をなでる手を止めて話し出す。
「そうだったですね、ありがとうございます。案内をお願いします。えと……」
「あっ、すみません。申し遅れました。私、雨宮神社の二十一代目当主の娘、琴音と申します。まだまだ見習いなので、頼りないことも多いかと思いますが、困ったことがあればお気軽にお申し付けください。では、控室にご案内しますね」
言い終わりに若葉を小春に差し出したが、若葉は身軽にひょいと地面に飛び降りた。
「ふふっ、それでは、表は騒がしいので裏手から行きましょうか」
歩き出す琴音について小春も歩き出した。
年下だと思うのだが、神社の当主の娘ともなると、こんなにも落ち着いた口調や振る舞いをするものなのかと小春は感心していた。
「あの、琴音さんも退治屋はやられているんですか?」
「琴音でいいですよ、年も私の方が下ですし。気楽に呼んでください。あと、敬語の必要もありませんよ。えっと、……そうですね。うちの家系は代々、言霊の力を少しでも使えるようにと習うんですよ。私はまだまだなんですけど。なので、小春さんと一緒に頑張れたらなって思ってます」
笑いかけてくれる琴音の表情に、張りつめていた不安が和らいでいく。
「それじゃあ、琴ちゃん、って呼んでもいかな。急に馴れ馴れしいかな」
照れ臭そうに小春が提案すると、琴音は年相応の無邪気な笑顔を見せた。
「是非、そう呼んでくださいっ!」
「あ、あと、あたしに対しても敬語じゃなくていいよ。あの、あたしもかしこまっちゃうし。……できればなんだけど」
「わかりました。あ、ふふっ。少しずつそうするね」
二人で笑い合うと、ほんの短い時間で距離がぐっと縮まった気がした。
「入るね」
裏口から社務所の中に入ると、短い渡り廊下を抜け、隅の部屋の前で琴音は中の人へ声をかけた。
「あんまり緊張しないで。年の近い人しかいないから」
そう小春に囁くと、ゆっくりと重たそうな木の戸を横に滑らせた。その拍子に若葉と双葉はするりと部屋へ入り、隅に行くとおとなしく座り込んだ。
部屋は六畳間ほどの広さで、女性が一人と男性が二人、席に座っていた。
小春は中央に座っていた錦と目が合った。
「昨日の人……昨日は助けていただいてありがとうございました」
「ああ。傷は大丈夫か?」
「なんともありません。大丈夫です」
「それじゃあ、紹介するね。郷長様のお孫さんで、今日から退治屋として一緒に活動する橘小春さん。そしてこっちから、鈴枝秋穂、私の兄の雨宮錦、そして相葉夏月」
三人は席から立ちあがると、名前と共に軽く会釈する。
「橘小春です。わからないことばかりですが、これからよろしくお願いします」
小春は改めて自己紹介すると、深々と頭を下げた。
これからこの人たちと共に活動をすると思うと胸が高鳴った。
「はじめまして、秋穂です。ここにいる錦と夏月とは幼馴染なの。これからよろしくね」
秋穂は少しつり目で品のある美人という印象だった。肩よりも短い髪もあいまってか、凛とした姿にこちらまで背筋を伸ばしてしまう。
見た目は上品そうで関わりづらいかな、などと思ったが、よろしくと微笑む秋穂を見てその気持ちは薄らいだ。
小春と秋穂がたわいない話を始めたところで、琴音は錦が小春のことをじっと見つめて考え込んでいる表情に気づき近づいた。
「どうしたの? そんなに見つめちゃって」
「……やっぱり似ているんだよ」
「小春ちゃんが? 誰に?」
「初めて会った時にも感じたんだ。気になって、誰に似ているのか思い出していた。お前、この神社の歴史が描かれた絵巻物を親父に見せてもらった時のこと、覚えているか?」
「あぁ、あの祭壇の裏に仕舞ってあったやつ」
「そう、それに描かれてた桃香姫に似ているんだ」
「猫姫様に? そうだったっけ。あんまり覚えてないけど」
「御神石に封じていたのは、猫姫である桃香姫だ。その御神石が壊れた時期に桃香姫に似た小春がやってきた。偶然なのか理由があるのか……」
「偶然じゃない? どこまで似てるのかわかんないけど。それに小春ちゃんは郷長様のお孫さんよ?」
「それも鍵だと思わないか? 郷長が何かを企んでいて、この時期に小春を連れてきたのか。……もしかして依り代? だとすれば」
錦が言いかけた言葉を止めると、勢いよく開いた扉から郷長とその付き人が二人、部屋へと入ってきた。
「お待たせしてしまったかな」
その部屋にいた者たちが、さっと姿勢を正して頭を下げる。その動作を見て、小春も慌てて頭を下げた。
「郷長様、お待ちしておりました」
代表として錦が頭を下げたまま答えた。
「表を上げよ。 まったく、お前たち退治屋はちと堅苦しすぎる」
その言葉に従い、頭を上げる。
小春は祖父とはいえ、装束を纏い郷長として振る舞うその姿は威厳があり尊敬していた。
「わかっているとは思うが、お前たちを呼んだのは、この状況について今後どうしてほしいかを伝えるためだ。本来であれば、お主らは都へ行かせるべきなのだが、そうも言ってられん状況だ。猫の手も借りたいほどにな」
郷長は全員の顔を見渡した。
「不安はあるだろうが、良い面構えだ。こちらとて、半人前のお主らを捨て駒にするつもりはない。短期間で一人前になれるよう鍛え上げ、妖怪に太刀打ちできるようにする。全体的に後方で働いてもらう予定だが、何があるかなんてわしにもわからない。……覚悟はいつでもしておいてくれ。覚悟がつかぬ者、覚悟が折れたものはいつでも都へ行くがいい。後悔しない方を自分で選んでくれ」
郷長はふう、と一息ついた。
「では、今この郷で起きている事について話そう。猫姫様の昔話を知っているかな?
人間に恋した猫又の妖怪が人間に騙され、恨み、郷に瘴気を撒き散らした。郷への被害を抑えるために、最終的に猫又は封印されてしまった。という話だな。
その猫又を封じていた御神石が壊れてしまい、封印が解け始めている。
それに乗じてか、身を潜めていた妖怪たちが群がり始めている状況だ。
瘴気自体は、結界を張って郷へ流れないように留められているが、妖怪が上手く結界をすり抜けてしまい、郷へ被害を出し始めてしまった。
よって常に六人の一組の班が、郷中を手分けをして巡回している。
そんな悪行を働く妖怪を浄化したり、封じたりするのが退治屋の任務だ。
そして、最終任務は根源の御神石を元に戻すこと。
その際に、もしも桃香が完全に復活してしまった時は……」
そこで郷長の言葉が途切れた。部屋の全員の視線が郷長に注がれる。
「お前たちは何としてでも都へ逃げろ」
その言葉に錦たちは驚いたような、怒ったような表情を一瞬見せた。
「たとえ封印されていて力を弱めていたとしても、桃香に適うかわからん。覚悟を決めろと言っておきながら、逃げろというのも変な話なのだが」
心なしか郷長の瞳が揺らいだ気がした。
「一番大切なものはその命だ。無下にするでないぞ」
郷長は真剣な表情から肩の力を抜き、小さく微笑む。
「さて、小春。退治屋の術ともいえる言霊については、先輩方にあとでしっかり教えてもらうこととして、ちょっと前に出てきなさい」
郷長は、後ろ手に組んでいた右手を自分の前でヒラヒラさせる。何をするのだろうかと思いながら、小春は言われた通り郷長の前に歩み出た。
「手を出してみなさい」
不思議に思いながらも、水をすくう様に小春は両手を前に差し出した。その手の上にナツメの実程の大きさの一粒の花の種が置かれる。
「それを手で包み込んで、花よ咲け、と念じて囁いてみなさい」
小春は戸惑いながら花の種を大事にその手に包んだ。目を閉じて気持ちを込める。
「花よ、咲け」
すると、手の中にあたたかいものを感じて目を開けて手をゆっくりと開けてみた。
見ると花の種は、芽を出し、葉を開き、三つの蕾をつけた。その蕾はゆっくりと膨らむと、薄桃色の花を咲かせた。
「すごい! 三つも花を咲かせたの!?」
遠目から覗き込んで見えたのか、琴音が驚いた声をもらした。
これは何が正解なのかわからずに、郷長を見上げると満足そうに微笑んでいた。
「さすがわしの孫だな。言魂師としての素質は十分にあるようだ。自信をもって励みなさい」
自分が褒められたのだと思うと、純粋に嬉しくて素直に頑張ろうと思った。
まさか自分が噂の言霊師になるだなんて昨日までは予想もしていなかったが、話を聞いた限りではそういうことらしい。小春は改めて決意を固めた。
「明日、わしの馴染みの手練れがここに来る。お主らを育て上げる先輩方だ。
訓練は明日からになるから、しっかりと励むように。
とりあえず今日は手の足りない者への手助け、あと、妖怪は汚れを好む者もいる。掃除はしっかりとしておいておくれ。
手助けを求めている者を見極め、手を差し伸べる事は今後も大事になってくるからな。では、解散」
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