第三話 猫神様


 次の日、小春は汚れてもいい服を見繕って早めに待ち合わせ場所に着いていた。

 お昼前の日差しは心地よかったが、今日は少し風が冷たく感じられた。本格的に秋になってきたようだ。


 少し待つと集合時間より早いが、なずながやってきた。

 挨拶を交わしながらくだらない話をして楓を待つこと数分、慌てた様子で走ってくる人影が見えた。


「ごめん、本当にごめん。着る服に悩んでいたら遅れちゃって」


 息を切らしながら謝る楓を小突きながら、三人は数珠玉集めを開始した。

 家並みから外れて田畑の広がる小道に出ると、道の脇に目当ての草が背筋よく伸びている。


「先生ってば、今回の商工祭りはいつもより力を入れてるから、たくさん収穫して帰らなきゃね」


 楓はそう意気込みを語ると遅刻を挽回するかのように、素早い手際で数珠玉を収穫し始めた。負けてられないね、と小春となずなは顔を見合わせて笑うと、お互い道の両脇に分かれて収穫を始める。



 どれくらい黙々と収穫を続けていたのか、腹の虫が鳴ったので顔を上げると、開始した場所からずいぶんと離れてきていた。逆方向に進んで収穫している楓がとても遠くに見える。


「そろそろお昼がてら場所を変えようか」


 小春が手を止めたのがわかったのか、なずなが額をぬぐいながら声をかけてきた。

 お互いの手には、手のひら程の大きさの巾着に数珠玉がたくさん詰め込まれていた。


 先生からはこの巾着を一人二袋ずつ渡されていたので、ちょうど折り返し地点ということだろう。


 楓の方へ歩いて行くと歌声が聞こえてきた。秋に歌う郷の収穫の唄である。

 収穫の唄は何種類かあるのだが楓の歌う『恋ノ実』という唄は小春たちが一番好きなものだった。


 秋風に揺れる稲穂に たまゆらに

 面影去りぬは 紅葉の葉

 錦あやなす 山織りを

 共に歩めぬ 恋心

 恋ノ実集め 摘み取れば

 明日の命を 灯しゆく


 一緒に口ずさみながら近づいていくと、気がついた楓が恥ずかしそうに頭を掻いた。


 お昼ご飯を食べるために、近くの小川までくると秋桜がきれいに咲いていた。

 小春と楓は作業服なことを良いことに、足を投げ出して草原に寝転ぶと、その光景を見ながらなずなは呆れたように息をついた。


 空を見上げると高く澄みわたった秋空が広がっている。

 少し冷たい風が心地よく、のんびりとした時間を実感させる。


「もうすぐ実りの秋になるのね。……私の恋心も実らないかしら」


 楓の急な発言に小春は身を起こして振り向き、なずなが隣に腰を下ろしてきた。


「え、楓って好きな人いたの?」


 食い気味に聞くと楓は照れ臭そうに視線をさまよわせながら身を起こす。


「いや、好きっていうか気になっているだけなんだけどね。ほら、せっかくなら素敵な恋してみたいじゃない?」

「それを世間では好きって言うのよ」

「素敵な恋ね、確かにしたいけど」 

「で、その気になっている人ってのはどこの誰なのよ」


 話をそらすのに失敗した楓は、観念したように前髪を触りながらゆっくり話し始めた。


「ほら、あの、うちの近くに呉服屋があるじゃない? そこの次男の雄介さんわかる? 先月、都からお勤め終えてこっちに戻ってきたみたいでね」


 うんうん、と身を寄せながら小春となずなは話の続きを催促する。


「ばあちゃんのお使いでその呉服屋に行ったときに、初めてちゃんとお会いしたんだけど、とても素敵な方だったの。それからなんというか、気になってしまっているというか、挨拶は交わすようになったんだけど……」

「恋に落ちてしまったわけだ」

「まだ決まったわけじゃないわよ! もう、早くご飯食べましょ」


 楓は恥ずかしさを紛らわすように持ってきたお弁当の包みを開く。笑いながら小春となずなも自身のお弁当を広げ始めた。


「そうだ、それなら今度みんなで猫神様のところにお参りに行かない? お力添えをいただくためにも」

「それはいい考えね」

 小春の提案に楓もなずなも同意した。



 猫神様とは、この郷の有名な神様で、恋愛成就に長けた神様である。

 元々は猫又の妖怪だったのだが、身内の悲運な恋の末路を目の当たりにして以来、皆には素敵な恋をしてほしいと願ったことが始まりとされている。

 縁あって神社に仕えるようになった猫又は、皆の恋の成就を願い続けた。

 命の長い妖怪という身の上と、神に仕える者という観点から、郷の者たちは段々とその猫又を神様として祀り始めた。

 猫又が信頼を寄せていた神社の頭領が亡くなってからは、社の中に身を潜めてしまったが、今でも皆の恋の行方を見守ってくださっている。

 というのが、この郷に伝わる言い伝えである。



 お昼ご飯を終えた三人は、先ほどとは違う場所へ数珠玉を探して歩いていた。

 群生地といえるほどの場所はあまり見つからなかったが、畑にいた人の話を聞いてまわっているうちに、二つある巾着は数珠でいっぱいになってきていた。


「この辺のはまだ緑色で早いわね」

 なずなが数珠玉を探りながらつぶやいた。


「さすがに疲れてきたよ」

 楓が伸びをすると、小春がなにか違和感を感じているような、不思議な表情をしているのに気が付いた。


「小春? どうかしたの?」

 その問いかけになずなも小春の顔を見やる。


「なんか音が聞こえない? 地鳴りみたいな」

 小春は空や山間を軽く流し見ながら、少し不安そうな面持ちになっていた。


「地鳴り……?」

 楓となずなも、小春を真似るように辺りを見渡して耳を澄ましてみたものの、音は捉えられなかった。


「特に何も聞こえないけど」

 なずながそう言い切るのと同時に、木々から鳥が一斉に飛び立ち、楓も何かを感じたようにはっと顔を上げた。


 すると突然、地の奥深くから響くような轟音とともに、大地が揺れた。不安定な感覚に驚き、とっさに身をかがめる。

 揺れがおさまると、余韻を感じるように山間を眺めてから三人は顔を合わせた。


「断言するわ。不吉な予感よ。占い師の娘が言うんだから間違いないわ」


 楓がいつにもまして真面目な顔をして言うものだから、小春となずなは思わず笑ってしまった。


「いつもよりちょっと揺れが大きかっただけでしょ」

「残念ながら、いままで楓の占いが当たったことないじゃない」


 女が三人集まると姦しいというのは本当にこういうことなのだろう。

 先ほどまで不安そうにしていた小春でさえも、なずなの言葉に重ねて楓をからかった。


「うるさいわね、まだ力が開花されてないだけよ」

「はいはい、いつまでも咲くの待ってたら年老いちゃいますよ」

「ちょっと! 失礼ね!」

 怒ったふりをした楓がなずなを小突き始めた。


「でも、実際に将来の夢は占い師なの? 親に言われてるとか」

 その光景を笑いながら見つめていた小春が楓に質問をしたので、楓はなずなを小突く手を止めた。


「いや、好きにしろって。もちろん将来の夢はお嫁さんね。でもさ、占い師って肩書きだけでちょっとかっこよくない?」

「楓のお母さんはそんなこと思わないけど、人によっては詐欺くさいのもいるよね」

「ちょっと、なんであたしをみるのよ」

「冗談よ」

 なずなは笑いながら少し考える素振りをした。


「まあ、占い師もそうだし、言霊師とか目に見えないものを感じて操ったり、暗示したりするのって確かにかっこいいよね」

「言霊師?」


 あまり聞きなれない言葉に小春は聞き返した。


「そ、言葉の力で癒しを与え、時には分子を操り、力のある者は物質でさえも操るというわ」

「なにそれ、非現実的」


 関心する小春とは裏腹に楓は疑るような顔をした。そんな二人の様子に笑いながらなずなが勢いよく手を叩いた。


「さあ、だいぶ収穫したし帰りましょうか」

「数珠集めは今年もあと一、二回で終わりかな」

「秋なんてあっという間だからね」

「寒いのは嫌だなぁ」


 そんなことをつぶやいていると楓が閃いた、という顔をした。


「ね、このあと」

「大野屋ね」


 ピシャリと言い返された言葉に、はっと状況を理解した楓の動きが固まった。

 その反応が面白くて、小春となずなは声を出して笑ってしまった。


「それなら、早くこの数珠を渡して食べに行かなきゃね」

 三人は笑いあい、小走りしながらお店へと向かった。


 赤く染まり始めた空に、不思議な形の大きな鳥が飛んで行くのを背にして――。

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