14. 決め手は先輩

(SE:上演開始のブザー)

アナ「本日は、当劇場にお越しいただき誠にありがとうございます。大変長らくお待たせ

いたしました。これより『私と先輩が結婚すべき理由』第14話【決め手は先輩】を上演いたします。最後まで、ごゆっくりご鑑賞下さい」




薫「……さて先輩」


正嗣「……?」


薫「そろそろ覚悟を決めていただければ」

 

正嗣「覚悟か」


薫「はい。私をこんな身体に調教してしまった責任を取っていただきたく……」

 

正嗣「っ、……んー……」


薫「……」


正嗣「設楽……それはさ。俺がお前の指導係だったからか?」


薫「そうです」


正嗣「それなのに、炊事洗濯その他もろもろ、何も教えなかったから、言ってるのか?」


薫「はい」


正嗣「そうか……」

 


正嗣N:ふぅ……とため息が出る。……正直に言うと……設楽にプロポーズをされて、別に悪い気はしない。なんだかんだで付き合っていて気を使わなくていいし、これだけ付き合ってれば、こいつの呼吸と生活リズムも、なんとなく分かる。……でも。



薫「……はぁ〜……私の元に嫁ぐのに、何かご不満でもあるのですか先輩」


正嗣「不満っつーか……いまいち踏ん切りがつかんってのはあるな」


薫「なぜですか? 私のどこが不満なのですか?」


正嗣「そういうとこだよ」


薫「?」


正嗣「お前のプロポーズをずっと聞いていたが……お前の気持ちが見えてこない」


薫「私の気持ち……とは?」


正嗣「お前、本気で俺と結婚したいと思ってる?」

 

薫「……本気とは?」

 


正嗣N:うわー……ずっと俺を睨みつけていた設楽の眼差しが、さらに険しくなる。


俺は、設楽と視線を合わせないように店員呼び出しボタンを押した。



女性店員「はいただいま伺いまーす!」



正嗣N:店員の声が、店(みせ)中にこだました。

 


正嗣「……気を悪くするなよ?……お前のプロポーズを聞いてるとな。どうも『本当は好きでもないけど、相性いいし、この人ぐらいしか相手いないし、先輩でいいかー』的な打算が見え隠れするんだよ」


薫「……」


正嗣「正直に言うとな。俺だってお前にプロポーズされて、悪い気はしない。お前は、そのー……多少エキセントリックだが、気兼ねなく付き合えるし、お前の生活のリズムのとり方や過ごし方も、俺は知ってる」

 


正嗣N:……お、仏頂面の鼻がぷくって膨らんだぞ。

 


正嗣「でもな。お前の口から出てくる言葉は、『ベストマッチ』とか『責任』とか、そんなのしかない。お前の気持ちってのがさ。よく分からんのよ。『こいつ打算で俺を選んでるのか? それとも、本当に俺を選んでくれたのか?』って、疑問しか浮かばん」


薫「……」

 


正嗣N:俺は今まで触れてこなかった核心に、あえて触れた。このタイミングを逃したら、今日はもう、この話をするチャンスは二度とこないであろう。そしてこいつとの間に気まずい空気が流れ、明日からは話をしづらくなる。それは俺だって寂しい。全てを言い終え、設楽の様子を伺うと……

 


薫「……ずーーーーん」

 


正嗣N:仏頂面は仏頂面だが、目に見えて落ち込んでやがる。初めて弁当を食わせたときみたいに、目からハイライトが消えている。

 


店員「お待たせいたしまし……て、どうしました?!……ご、ご気分が優れないのですか?」


薫「だ、大丈夫です……た、ただ、この人に……」


店員「!? な、何かされたんですか!?」


薫「調教され、も、もてあそばれて……」


正嗣「誤解を招く言い方はやめろと言ったはずだッ!!」


店員「……?」


正嗣N:その絶妙に物騒な言葉選びは何なんだよ……店員の誤解を解き、さつまいもアイスを2つ注文する。店員が首を傾げながら部屋から出ていったのを確認して、話を続ける。

 


正嗣「お前、さつまいもアイスでよかったよな」


薫「は、はい……」

 

正嗣「いい加減機嫌を直せよ……泣きたいのはこっちだよ……」

 

薫「だ、だって先輩が……私の気持ちに、気付いてなかったなんて……」


正嗣「?」


薫「私は、もう、私の気持ちを伝えたつもりだったのに……そして先輩も、私を受け入れてくれたと思っていたのに……」

 


正嗣N:何やら話がおかしくなってきた。俺にすでに気持ちを伝えた? しかも俺はそれに回答済み? どういうことだ? 全然そんな記憶ないぞ?

 


正嗣「おい設楽」


薫「な、なんですか……をを……」


正嗣「わざとらしく嗚咽(おえつ)するなよ」


薫「すみません」


正嗣「ほら平気じゃねーか……つーかそれはいつの話だ」


薫「えー……全然記憶にないとは……」

 


正嗣N:そらぁ、記憶がないから、今こうやって設楽を問い詰めているわけだが…………しかし、いくら必死に思い出そうとしても、設楽との、そんなロマンチックで胸がドキドキするイベントなぞ、発生した覚えがない。

 


薫「……バレンタイン」

 


正嗣N:・・・俺の記憶が、鮮明に蘇る。先日のバレンタインの日、確かに俺は、設楽からチョコをもらった。……だが。

 


正嗣「あれ義理じゃなかったのか?!」

 

薫「義理なわけないじゃないですか」


正嗣「し、しかしな設楽? あの義理の代名詞的な……割れチョコが大量に入ったパックをもらって、『わーい本命だー!』て思うやつの方が、世の中には少ないと思うぞ?」


薫「だから女子力なくてすみませんって言ったじゃないですか。それなのに……ひどい……」

 


正嗣N:いや確かにこいつ、女子力なくてうんたらすんたらって言ってたけど!言ってたけど!!!!!!!!!!

 


正嗣「いや、だったら他にチョイスあるだろ?高級店のチョコスイーツとか、一流ショコラティエ監修の、もっとかわいくて素敵なやつがさ!」


薫「あのチョコのパックに使われているカカオは、最高級のものですよ?それが一キロも入ってるんです。私は見てくれではなく、先輩に美味しいチョコをいっぱい食べてもらいたいなと思って、あれをチョイスしたんですよ?」


正嗣「いや確かにその気持はうれしいけど!美味しいものをいっぱい食べてもらいたいという気持ちはうれしいけど!」

 


正嗣N:だからといってあんなものをチョイスするか?!俺がおかしいのか?!世の女性の大半は、本気で相手に気持ちを伝えたい時、あんな、どれもこれもバッキバキに割れた、ブロークンハートの代名詞みたいなチョコを渡すのか?!

 


薫「そしたら先輩が、素敵なお返しをくれたものだから、私は気持ちを受け止めてくれたものだと思っていたのに……」


正嗣「待て待て待て待て。……設楽、あれは別に深い意味があったわけではなく……」


薫「先輩は、好きでも何でもない女性に、深い意味もなく、あんなに女子力に溢れた可愛らしいプレゼントを送るのですか?」


正嗣「いや待てって。どれだけ鈍感なヤツでも、バレンタインにチョコを貰えば誰だってお返しはするだろう?」


薫「それはホワイトデーの話です。先輩は翌日にお返しくれたじゃないですか。本番はまだ先だったのに」


正嗣「まぁ、たしかに……」


薫「しかも、『ハッピーバースデイ』なんてメッセージまでつけて……」


正嗣「うん、まぁ、お前の誕生日だったから……」

 


正嗣N:なんということだ……俺が軽い気持ちで作って渡したアレが、たとえ自覚がなかったとはいえ、設楽に対してのアンサーになっていたとは……?!……しまった。こいつ、ひょっとして……あのお返しで、俺にプロポーズすることを決意したとかじゃなかろうな……?

 


正嗣「おい設楽」


薫「なんですか」


正嗣「ひょっとしてお前さ……あのケーキで……」


薫「もちろん、先輩が私の気持ちを受け入れてくれたと思いました。だからプロポーズする勇気が湧いたのに」


正嗣「しだ……ら……ッ?!」


薫「あんな手の込んだものをお返しに、しかも誕生日に合わせて、ホワイトデーよりも前にくれたら、そら誰だって勘違いしますよ」


正嗣「ま、待て!あれは言うほど難しくないんだぞ?ホットケーキミックスを使って……」


薫「それは先輩みたいに、女子力溢れてお料理が得意な人にとっては、そうかもしれませんけど……私は料理ができません」


正嗣「……?!」


薫「そんな私から見れば、あのケーキは、とても手の込んだ、すごく素敵なケーキにしか見えませんでした……しかも、わざわざ板チョコにメッセージまで描いてくれるだなんて……」


正嗣「ううう……」


薫「きっと先輩は、私の気持ちを受け入れてくたんだとばかり……」


正嗣「……」


薫「それなのに……」

 

店員「大変おまたせいたしました!さつまいもアイスお2つでーす!」

 


正嗣N:タイミングがいいのか悪いのか……店員が注文のさつまいもアイスを2つ持ってきた。

 


店員「はいどうぞー」


薫「……」


店員「……はい、どうぞッ」


正嗣「す、すみません……」

 


正嗣N:気のせいではないはずだ……俺を見る店員の目に、非難が篭っていたことは……。

 

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