11. 物は言いよう
(SE:上演開始のブザー)
アナ「本日は、当劇場にお越しいただき誠にありがとうございます。大変長らくお待たせ
いたしました。これより『私と先輩が結婚すべき理由』第11話【物はいいよう】を上演いたします。最後まで、ごゆっくりご鑑賞下さい」
薫「そんなわけで、その頃から私には、先輩にお世話をしてもらうという責任が発生しているわけです」
正嗣N:昔のことを思い出していた俺に対し、設楽はいつもの仏頂面で、悪びれることなく、すっぱりとこう言いきった。……勝手に俺に運命を感じるのは別に構わん。それが恋というものだ。だが、それと『責任を取る』というのは、また、別の話なんじゃないのか?……なんというか、今回のプロポーズからは、どうにも設楽の本気度が伝わってこない。やっぱりプロポーズってさ。こう、突き抜けた感情に突き動かされるものなんじゃないの?
正嗣の想像上の薫「私、先輩が好きです!(ぶわっ)」
正嗣N:こんな感じで。これならまだ分かる。俺だって男だし、設楽のことはよく知ってる。……こいつにそんなことを言われれば、悪い気はしない。だが、現実はどうかというと……。
薫「私の面倒を見て下さい」
薫「 先輩は仕事においては優柔不断で、決断力がありません」
薫「つまり、私が先輩を相手に選んだのは、いわゆる責任でもあるのです」
正嗣N:……申し訳ないが、まったく愛情と言うものが感じられない。
正嗣「(ため息)」
正嗣N:……でもあれか。弁当を作ってくれたのが嬉しくて結婚を決意したということは、俺に対して少しは愛情みたいなものを持ってくれているのだろうか……?
……じーっとこちらを見つめている設楽。……こいつが一体何を考えているのか、俺にはさっぱり理解出来ない。こいつ、本当に俺のことを……そのー……好きなのだろうか……?
薫「……」
正嗣「……」
薫「……何か?」
正嗣「いや……」
薫「先輩」
正嗣「ん?」
薫「お気づきですか?」
正嗣「何がだ」
薫「はぁー……」
正嗣「なんだよ」
薫「先輩にも責任はあるんですよ」
正嗣「何の責任だよ」
薫「私の面倒を見る責任です」
正嗣「・・・ほわっつ?……どういうことだ。ちょっと聞かせろ」
正嗣N:俺は設楽に手を出した覚えはない。それなのに、一体俺にどんな責任があるというのか。
薫「……先輩は、私の指導社員でした」
正嗣「だなぁ」
薫「なのに、何も教えてくれませんでした」
正嗣「どういうことだよ?俺はお前に、教えられることはすべて教えたぞ?」
薫「ハハッ……ご冗談を……何一つ教えていただいておりませんよ先輩」
正嗣「ちょっと待て。俺はお前に教えられるものは全て教えた。俺の奥の手……虎の子の技術である、パワポの使い方やプレゼン資料の作り方まで、丁寧にな。そのおかげで、一時期は本当に社内に居場所がなくなったぐらい、持っているものはすべて、お前に教えた」
薫「確かにそうですね。資料作成のノウハウは、今も大変役立っています」
正嗣「それを教えたのは誰だよ?」
薫「先輩です」
正嗣「だろ?社内での決まり事や日々の雑務のことを教えたのも俺だし」
薫「ビジネスマナーも懇切丁寧先輩に」
正嗣「電話の取り次ぎ方はもちろん」
薫「名刺の渡し方なんかも、先輩のおかげで所作が美しいとお褒めいただいております」
正嗣「だろ?俺は、俺が知りうるすべてのことをお前に教えたぞ?」
薫「……先輩、まだあるでしょう?」
正嗣「なんだと?」
薫「はぁー…………おせんたく」
正嗣「……ほわっつ?おせんたく?おせんたくって、洗濯か?」
薫「他に何があるというのですか」
正嗣「ちょっと待て。なんでそこで洗濯が……」
薫「他にも、お掃除にお料理……そしてお裁縫……ほら見て下さい。先輩も私に何も教えてない」
正嗣「……おい設楽」
薫「おっ。やっと自分の非道な行いを私に謝罪する気が……」
正嗣「何が謝罪だ。どれも家事じゃねーか」
薫「そうですよ?」
正嗣「仕事のことじゃないのか?」
薫「誰が仕事のことだといいました?」
正嗣「俺はお前に仕事のことだけじゃなくて、家事も教えなきゃいけないのか!? 仕事の指導係の俺は、お前の花嫁修業にまで付き合わなきゃいけなかったのか?!」
薫「……先輩」
正嗣「なんだよ……頭痛くなってきた……」
薫「頭痛いのですか?大丈夫ですか?」
正嗣「誰のせいだよっ?!大体なんで俺が家事まで全部教えなきゃいけないんだよっ!!俺はお前のかーちゃんかッ!!(半狂乱)」
薫「……先輩、覚えてらっしゃらないようなので、言わせていただきますが(ちょっと怒ってる)……以前、私の家に来てくれたことがありましたよね」
正嗣N:……確かにある。休みの日に突然設楽から電話がかかってきて……『洗剤と柔軟剤は違うのか
?』といきなり変な質問をされて……。
薫「あの時、私は先輩に『教えてください』といいましたよね」
正嗣「確かに……言ってたな」
薫「でも先輩、あの時、なんて言いました?」
正嗣「………………すまん。覚えてない」
薫「なら私が教えて差し上げます。あの時、先輩は『俺がやったほうが早い』って言ったんですよ?」
言われてみればー……言ったような、言ってないような……。
薫「私は教えてほしかったのに。先輩は自分がやったほうが早いからって、全部自分でやってしまったじゃないですか」
正嗣「……」
薫「洗濯も自分の家から持ってきた洗剤を使って、掃除だって瞬く間にゴミを全部まとめてしまって掃除機かけて拭き掃除までして……」
正嗣「……」
薫「挙句の果てに『食材はない』って私が言ったら、私を置いてけぼりにしてスーパーに買い物に行って……私は料理が出来ないって言ったのに生鮮食品ばかり買ってきて……」
正嗣「ちょっと待て!俺はお前がちゃんと食べられるように常備菜とかハンバーグとか色々作ってやっただろ!その日は2人でカレー食ったあと、『明日はこれでカレーうどん作れ』って俺ちゃんと言ったよな?」
薫「たとえカレーがあっても、私にカレーうどんなんて高等な料理、作れるわけがないでしょう。常識で考えて下さい。料理ができない私にカレーうどんが作れると思いますか?」
正嗣「カレーうどんなんて、最悪うどんをゆでてそこに出汁を溶かしたカレーかけりゃ出来るじゃねーか!お前どれだけ料理出来ないんだよ!!」
薫「先輩はそう簡単に言いますが、それが素人にとってどれだけ高等な技術なのか想像つかないのでしょう。大空を羽ばたく先輩には、地べたを這いずる私達の気持ちはわからないのです」
正嗣「例えが意味不明で大げさすぎるッ!!カレーうどんごときでなんで大河ドラマの一般兵みたいなセリフ吐いてるんだよっ!!」
正嗣N:二人の間で、言い合いがはじまる。はたから見れば痴話喧嘩に見えるかもしれないが、やってる俺たちは真剣だ。なんせこれが、俺が結婚する理由になってしまうかもしれないのだから。ひとしきり言い合いを繰り広げたところで……
正嗣・薫「「……ぴたっ」」
正嗣N:二人同時に、言葉が止まる。そして互いのグラスの中に残った氷を口の中に流し込み、バリバリと噛み砕いた。二人揃って、ほぼ同じタイミングだ。
正嗣「……まだ飲むか?」
薫「……いえ。ウーロン茶をいただきたいです」
正嗣「はいよ」
正嗣N:呼び出しボタンを押し、店員を呼ぶ。店内に『ピンポーン』と軽快な音がなり、『はいただいまー!!』という、威勢のいい女の子の声が聞こえた。きっと設楽の口からは、永遠に聞くことがないであろう、元気に満ち溢れた声だ。
薫「……まぁそんなわけで、先輩には私の元に嫁ぐ責任があるのです」
正嗣「どこがだよ……」
薫「だって先輩、私は家事が出来ないんですよ。家事ができなければ、生きていけない」
正嗣「大げさに考えすぎだろ。そもそもお前、家事できなきゃ生きていけないってんなら、今までどうやって生存してきたんだ……」
薫「そしてその原因は、先輩だ」
正嗣「先輩の話を聞きなさい設楽くん……」
薫「言うなれば、私は先輩がいないと生きていけない身体に調教されてしまった……」
正嗣「人聞きの悪いこと言うな。いかがわしい言い方はやめろ」
薫「だから先輩……責任取って、私の面倒を見るしかないっ」
正嗣「責任をどんどん拡大解釈していくなッ!」
薫「バカなっ!私の身体をここまで好きに弄んでおきながら?!」
正嗣「誤解を招きかねない言葉を大声でまくし立てるのはやめるンだッ!!」
薫「私のブラだって見たのに?!」
正嗣「あれはお前が悪いだろうが!既成事実を積み上げていくのはやめろッ!!」
正嗣N:設楽の予想外の方程式の組み立て方に、俺の頭がついていかない……こいつの計算の仕方は、俺の想像の範疇を軽く飛び越えている……俺のような凡人では理解できない領域にいるというのかこいつは……。……ただ一つ。俺に分かるのは、今こいつは、とても楽しんでいるということだ。ぷくっと膨らんだ設楽の鼻が、それを物語っていた。
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