3. 理由を説明されたが……
(SE:上演開始のブザー)
アナ「本日は、当劇場にお越しいただき誠にありがとうございます。大変長らくお待たせ
いたしました。これより『私と先輩が結婚すべき理由』第3話、【理由を説明されたが】
を上演いたします。最後まで、ごゆっくりご鑑賞下さい」
正嗣「だいたいさ。なんで俺なんだよ……」
薫「私の夫になるのがそんなに嫌ですか」
正嗣「理由が分からん。大体お前……指導してた頃から、俺と話す時はずっと……」
薫「ずっと……なんでしょうか」
正嗣「……いや、何でもない」
正嗣N:設楽薫(しだら かおる)……俺の後輩にして、すでに俺より出世した仏頂面女。こいつは、俺と話す時はいつもぶすーっと愛想のない顔をしている。おかげで恋愛感情のようなものを感じたことは今まで一度もない。
なのに今日、俺は設楽から突然飲みに誘われ、その場で逆プロポーズをされるという前代未聞の事態に陥っている……。
……ここで疑問が1つ。……なぜこいつは、俺と結婚したがる?
薫「私と先輩は、ベストマッチだと思うんです」
正嗣「ベストマッチって……俺とお前って。そんなに仕事でいいコンビだったっけ?」
薫「いえ、仕事のことではありません。言ってみれば、相性というやつでしょうか……」
正嗣「どこがだよ……お前の言ってることがさっぱり分からない……」
(ごそごそとバッグをまさぐる薫)
正嗣「iPadなんか出して何するつもりだよ」
薫「ええ。私と先輩がベストマッチだと思う理由を、これから説明しようかと……」
正嗣N:そして、俺に見せてくれたその画面には……、
薫「――私と先輩が結婚すべき理由」
正嗣N:そんなふざけたタイトルが表示されていた……。
薫「では始めさせていただきます」
正嗣「お、おう……」
薫「そもそもなぜ私と先輩がベストマッチなのかというと……」
正嗣「……」
正嗣N:そのパワポはとてもわかりやすく、要点が簡潔かつ明瞭に伝わる、完成度の高いものだった。これでプレゼンを行えば、大抵の客は口説き落とされるだろう。
…………だが、今回だけは話が別だ。
薫「先輩は仕事においては優柔不断で、決断力がありません」
正嗣「おい」
薫「こちらの棒グラフをご覧ください。先輩は業務においてはお世辞にも効率がいいとはいえず、勤務成績も限りなくケツに近いブービーといえます」
正嗣「ふざけんな」
薫「私が係長に出世したことで再び課内のパワポ職人の地位に返り咲きましたが、もはや名声は過去のものとなり……」
正嗣「さてはお前、俺を口説き落とす気がないな?」
薫「バカな。私は先輩との結婚を、より確実なものにしようと……」
正嗣「どこに顧客をけなすプレゼンをするアホがいるんだよ」
正嗣N:とこんな具合で、プレゼンでは終始俺の仕事内容がけなされまくっていた。そしてプレゼンが進むにつれ、次第に内容がシフトしていき……、
薫「正直、ここが一番の懸案事項なのですが……調査した結果、先輩の好みの女の子のタイプは、いわゆるたぬき系の顔だと思います」
正嗣「だなぁ。まぁ付き合いも長くなってきたしな。それぐらいは分かるだろ」
薫「対して私は猫顔だ」
正嗣「だなぁ」
薫「……我慢していただきたい」
正嗣「顧客に我慢を強いるプレゼンは初めて聞いた」
薫「私との結婚生活のため、そこは妥協して猫顔で我慢していただく必要が……」
正嗣「妥協だの我慢だの……そこまで顧客に不利益を平然と押し付けるか」
薫「次に、先輩の女性の胸の好みですが」
正嗣「いきなり話が飛ぶな」
薫「俗に “おっぱい”と呼ばれているものですが、分かりますか」
正嗣「いちいち言い直さなくても分かる」
薫「先輩は、言うほど女性のおっぱいにこだわりがないと見えます」
正嗣「確かに、好きな子のおっぱいが好きなおっぱいだな。そういう意味では確かにこだわりはない」
正嗣N:俺と設楽の視線が、自然とこいつの胸元に落ちた。
薫「……察していただきたい」
正嗣「何をだよ」
薫「……」
正嗣「……」
薫「察していただきたいっ」
正嗣「だから何をだよ」
正嗣N:設楽が次のスライドに行こうとしたその時……、
女性店員「おまたせしましたー。こちらお刺身の盛り合わせでーす」
正嗣N:さすがに恥ずかしいのだろう。アホなプレゼンのスライドを映したiPadはそのままにしながら、設楽は口をつぐんだ。……と思いきや。
女性店員「こちらは厚焼き玉子でーす。あとこちらが……」
薫「私と先輩の年収予測推移グラフになりますが……」
女性店員「!?」
正嗣「店員と会話をシンクロさせるな。度胸の無駄遣いはやめろ!」
正嗣N:そうして店員がそそくさと部屋から出て行った後、俺はこの意味不明、かつ無駄に腹立たしいプレゼンを強制ストップさせるべく、右手を上げた。
正嗣「おい設楽」
薫「はい」
正嗣N:なぜこいつは、プレゼンでプロポーズを行おうと思ったのか。
……そもそもプロポーズってさ、もっとこう……ロマンチックなものなんじゃないの?こんなビジネスライクなものではなく。……例えば……、
薫「——せんぱい……好きです……」
正嗣「――設楽……い、いけない……ッ!俺は……俺達は……ッ!!」
正嗣N:……これだ。プロポーズって、本来こういう、ロマンチックなものじゃないか?それが何なの?藪からスティックにいきなり仏頂面で『結婚して下さい』と言われ、わざわざプレゼンで『あなたは仕事が出来ませーん』と罵られる……こんな前代未聞で不愉快なプロポーズあるか?それともこれ、俺を笑い者にしてるだけなのか?!
正嗣「お前さ」
薫「なんでしょうか」
正嗣「なんでわざわざパワポでプロポーズしようと思ったんだ?」
薫「……」
正嗣「……ふざけてるのか?」
薫「私はふざけてなどいません」
正嗣「なら何なんだ。俺にはお前が、仏頂面でふざけてるようにしか見えないんだが」
正嗣N:『流石にやりすぎたか……』と反省したのか、はたまたへそを曲げたのか……それはこいつの表情からは読み取れない。
薫「……お気に召しませんでしたか」
正嗣N:設楽がiPadをしまう。ポソリと呟いたその声に、俺の良心が少々傷んだ。
正嗣「そら半分冗談とはいえ、あんなパワポを見せられてへらへら笑ってられるヤツなんか、どえむ以外にはいないだろう」
薫「私は至極真剣なのですが」
正嗣「なおさらタチが悪いわ」
薫「せっかくここ数日、寝る間も惜しんで家でも会社でも作り込んだのに……」
正嗣「ここんとこずっと忙しそうにしてたのはそれが理由だったのか……部下を預かる身でなに遊んでたんだよ」
薫「遊んでるつもりなどありません。私は真剣に作っていました」
正嗣「仕事中にやるなよ。仕事に集中しろ集中」
薫「仕事と人生の充実の二者択一なら、私はためらいなく人生の充実を取ります」
正嗣N:あんなにせわしなかったから、また難しい仕事を任されたのか?と心配してたのに……俺の心配を返せよこんちくしょう。
……と、心の中で抗議しながら、ふと設楽を見ると……、
薫「……」
正嗣N:なんというか……いつもの仏頂面だったのだが……なんだかとても、寂しそうに見えた。
薫「玉子焼き、いただきます……」
渡部「……おう」
薫「……ふぇんはい、おいひいれふよこの卵焼き」
正嗣「いきなり機嫌直すなよ! しんみりした俺の気持ちを返せ!!」
薫「………………パワポは、先輩が教えてくれて、先輩が認めてくれた、私の強みです」
正嗣「?」
薫「だから、先輩にプロポーズしようと決めた時、パワポを使おうと思いました」
正嗣「……」
薫「先輩が認めてくれた私のパワポで、先輩に思いの丈を打ち明ける……それはダメなことでしょうか」
正嗣N:そんないじらしいことを俺に告白する設楽の顔は……真剣というよりも、やっぱりいつもの仏頂面だった。……仕方ない。こいつのパワポが気に入らないのは変わらないが、先輩の義理で一応すべて見てやることにしよう。
正嗣「おい設楽」
薫「はい」
正嗣「前言撤回だ。さっきのパワポ、とりあえず最後まで見せろ」
薫「おっ。私の気持ちを受け入れて、結婚するつもりになってくれましたか」
正嗣「ちゃうわ。とりあえず最後まで見てやるだけだ」
薫「ちくしょう」
正嗣N:その時、設楽の鼻が、ぷくっと膨らんだ。
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