2. 仏頂面の新人

(SE:上演開始のブザー)

アナ「本日は、当劇場にお越しいただき誠にありがとうございます。大変長らくお待たせ

いたしました。これより『私と先輩が結婚すべき理由』第2話、【仏頂面の新人】

を上演いたします。最後まで、ごゆっくりご鑑賞下さい」



正嗣N:俺……渡部正嗣(わたべ まさつぐ)は、会社でも指折りのダメ社員だ。

この会社は、イベントの企画運営を行う中小企業で、俺もここに入社してから、もう五年ほど経つ。にも関わらず、相変わらずミスは多いし仕事量もこなせない。そのせいで上長から、ダメ社員のレッテルを貼られている。


課長「おい渡部。これ、パワポにまとめといてくれ」


正嗣「はい。了解です」


課長「いつ頃までに終わりそうだ?」


正嗣「明日までにはなんとか」


正嗣N:かろうじて、みんなから頼まれるパワポ作成が、俺の数少ない仕事の1つだった。だからといって、別に実力不足を歯がゆく思うとか、もっと仕事が出来るようになりたいとかは思わない。要はあれだ。仕事に対する向上心ってやつがなかった。

……いや、別の言い方をすれば、興味が仕事に向かなかった。俺はもっぱら、今晩の晩飯は何を作ろうとか、今度の休みの日は家の掃除をしようとか、明日は晴れだから、出社前に洗濯を済ませたいなぁとか……そういうことの方に気が向いていた。

仕事なんて適当にやっときゃいいんだよ。生活に困らないレベルで、程々にこなせばいい。


課長「おい渡部。ちょっとこっちこい」


正嗣「はい」

 

正嗣N:俺がやる気の半分ほどをやっとこさ振り絞っていた時、課長に呼ばれた。課長の席には、見慣れない女が一人、姿勢良く立っている。背がスラーッと高くて、黒のパンツスーツがよく映える女だ。下ろせば肩の下ぐらいまでありそうな長い黒髪を、キレイにポニーテールにしてやがる。

 

課長「渡部。紹介する。今回中途でうちに入った設楽薫さんだ」


薫「設楽です。はじめまして」


正嗣「あ、はい。はじめまして。渡部です」


正嗣N:その『設楽薫』と紹介された、“猫顔の美人”といっても差し支えない女は、やたらと無愛想な表情で、俺の顔をじーっと見てきやがった。

 

正嗣「……」


薫「……」


正嗣「……なんすか?」


薫「なんすか……とは?」


正嗣「いや、俺の顔をじーっと見てくるから」


薫「いえ。特には」


正嗣「はぁ……」


正嗣N:確かに顔は美人なわけだが、こんな愛想もクソもない仏頂面で顔をじっと見られると気持ち悪い……この女が一体何を考えてるのかさっぱり分からん……たまにいるんだよなぁ……こういう、何考えてるのかよくわかんないやつが……こいつの指導係になるやつが気の毒だ……。


課長「自己紹介は済んだな。では渡部。お前が設楽の指導係だ」


正嗣「はあ!?俺が指導係ですか!?」


課長「そうだ」


正嗣「なんで俺なんすか!?」


課長「だってお前、どうせヒマだろ」


正嗣「う……」


課長「お前以外のやつは自分の仕事で忙しい。指導係になれそうなのはお前しかいない」


正嗣「……」


課長「頼んだぞ!この設楽の社員としての成功は、お前の双肩にかかっているからな!」


正嗣N:と、御年五十過ぎの課長が、えらく熱のこもった声で俺を指導係に任命してきたわけだが…………しかし、納得がいかん。

『面倒な仕事が増えた』『俺の静かな社内生活が終わった……』そうとしか思えない。


薫「あの」


正嗣「お、おう」


薫「というわけで渡部先輩」


正嗣「お、おう」


薫「ご指導ご鞭撻、どうかよろしくお願い致します」


正嗣「お、おう」


薫「挨拶代わりに握手しましょうよ握手」


正嗣「お、おう」

 

正嗣N:……ああめんどくさい……。

顔を歪ませる俺の目を、俺より少しだけ背の低いこの女は、その印象的な眼差しで、真っ直ぐじーっと見つめていた。

……あと余談だが、握手してる最中、こいつはまったく微笑まなかった。眉間に皺が寄っているようにすら……見えた。

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