【声劇用台本】私と先輩が結婚すべき理由

おかぴ

1. それは突然だった(冒頭にちょっとしたエピソード追加あり)

(SE:上演開始のブザー)

アナ「本日は、当劇場にお越しいただき誠にありがとうございます。大変長らくお待たせ

いたしました。これより『私と先輩が結婚すべき理由』第1話、【それは突然だった。】

を上演いたします。最後まで、ごゆっくりご鑑賞下さい」



店員「大変お待たせいたしました! 黒霧島ロックが〜……」


正嗣「そっちだ」


店員「でしたね。じゃあカシスオレンジが……」


薫「先輩です」


店員「はいどうぞ。それじゃあ料理は出来上がり次第おとどけしまーす。ごゆっくり〜」


(SE:障子を閉める音)


正嗣「あの店員も俺たちにあまり動じなくなってきたなぁ」


薫「不思議と私達の応対は彼女がやってくれますよね」


正嗣「俺たちが来るとわざわざ店の奥からやってくるもんなぁ。おかげでこちらとしては

やりやすいが」


薫「ですね。彼女もどっちがどのお酒を飲むかほとんどわかってるみたいですし」


正嗣「だな」


薫「はい。……んじゃ先輩」


正嗣「おう」


薫「誕生日おめでとうございまーす」


正嗣「おう。ありがとー」


(SE:乾杯のグラスの音・軽め)


正嗣「しかし、そうかー……」


薫「先輩も今年でもう79歳ですねぇ」


正嗣「お前は老人と結婚したのか」


薫「なんせ先輩は5歳888ヶ月ですからね」


正嗣「そうやってすぐ計算できるのがハラタツな」


薫「ひどい」


正嗣「やかましい。……んで薫と結婚してもう一年か……」


薫「ですね。そして、ここで私が先輩にプロポーズして、もう二年になります」


正嗣「なんか妙に長かった気がするが……」


薫「充実した刺激の多い毎日を送っていると、時の流れを遅く感じるそうです」


正嗣「なるほど」

薫「よく『子供の頃は時の流れが遅かった』みたいな話を聞きますが、あれは初体験が多くて刺激に溢れた毎日を送っているからなのだとか」


正嗣「言われてみるとそうかもしれんな」


薫「……おや?」


正嗣「ん?」


薫「……ということは、やはり先輩は五歳児?」


正嗣「つまりお前は未成年に平然と酒を飲ませる悪い大人というわけか。通報しなきゃいかんな」


薫「その場合は『夫にっ……玉子焼きで脅されて、仕方なく……っ!!!』と担当検事を泣き落としますので、ご心配なく」


正嗣「普段から仏頂面のお前に泣き落としの演技ができるとは思えん」


薫「妻のポテンシャルをなめていらっしゃるご様子で……」


正嗣「それはそれとして……懐かしいなぁ」


薫「今、私iPadを持ってるので、あのときのパワポ、見ようと思えばお見せ出来ますよ?」


正嗣「マジか」


薫「マジです」


正嗣「……なぁ薫」


薫「はい」


正嗣「場所もあのときの場所だし、道具も揃ってる」


薫「ですねぇ」


正嗣「……ちょっと、あの時を再現してみないか」


薫「どうした我が夫」


正嗣「どうかしたわけではないが……なんかあのときの気持ちを思い出してな」


薫「はぁ」


正嗣「もう一度、あの困惑を体験してみたいというか……」


薫「ひどい」


正嗣「とはいえ、ときめきとは無縁の逆プロポーズだったことは、薫も自覚はあるだろう?」


薫「あのときは先輩は私の気持ちに気づいていると思ってましたからねぇ……」

薫「話していたら、私もなんだか懐かしくなってきました。ちょっとやってみましょうか」


正嗣「よし。じゃあこのグラスを飲み干してから……」


薫「あ、先輩はゆっくり飲んでくれて大丈夫です。無理して一気飲みして、酔っ払って五歳児になられると、私にべったり甘えてきてシーン再現ができなくなりますから」


正嗣「うるせー。俺だってもう飲んだわっ」


薫「せんぱいかっこいいですー」


正嗣「心にもない称賛はやめろ。……んじゃ俺は、一度トイレに行って身なりを整える」


薫「ではその間に私は空きグラスを片付けておきます」


正嗣「徹底してるなぁ」


薫「先輩ほどではございませんなぁ」


正嗣「……」


薫「……」


正嗣「……薫」


薫「何か」


正嗣「そのニヘラ顔、俺が戻ってくるまでに戻しとけよ」


薫「ニヘラァ……」


(SE:障子が閉じる音)


ここから第一話スタート

正嗣N:運命の交差点ってのは、いつも唐突に訪れるもの……のはずなのだが、今回ばかりはさすがに面食らった。


正嗣「おーう、来たぞー」


薫「お待ちしてました、先輩」

正嗣N:俺……渡部正嗣(わたべ まさつぐ)は、後輩にして教え子……そして、今では俺以上に出世したうちの会社の稼ぎ頭、設楽薫(しだら かおる)からの突然の呼び出しを受け、居酒屋『チンジュフショクドウ』へとやってきていた。


正嗣「なんだ。俺たちだけか」


薫「他に人がいた方が良かったですか?」


正嗣「いや、そういうわけじゃないけどな、よいしょと」(上をハンガーにかけながら)


薫「先輩は何を飲みますか?」


正嗣「俺か? 俺はー……」


薫「カシスオレンジですかいつものごとく」


正嗣「そうだな。設楽は?」


薫「私は黒霧島を」


正嗣「お前も相変わらずの焼酎党か」


薫「出身が鹿児島ですから」


正嗣「初耳なんだが。前に関西の方とか言ってなかったっけか?」


薫「嘘ですから」


正嗣「意味のない嘘をつくな」


薫「まっこて先輩は厳しかもんじゃー」


正嗣「エセ鹿児島弁はやめろ」


薫「すいません」


正嗣N:いつものごとく、意味のないやり取りをしながら俺はテーブルの隅っこにあった店員呼び出しボタンを押した。どうせこいつはいつもロックなんだし、今日もロックでいいだろう。


女店員「はーい、ご注文お伺いします!」


正嗣「黒霧島ロックとカシオレください。あと厚焼き玉子と、シーザーサラダと、刺し身の盛り合わせを一つずつ」


女店員「かしこまりましたー!」


正嗣N:俺のオーダーを聞いた店員は、目の前の仏頂面女に比べると何億倍も清々しい接客スマイルを俺たちに振りまいた後、個室からそそくさと出ていった。

しばらく待ったところで、カシスオレンジと黒霧島が、先程の女性店員の手によって届けられた。のだが……

あろうことか、店員は俺の方に黒霧島を置き、そしてカシオレを設楽の方に置きやがった。

男だって、酒の味が苦手なやつだっているし、女だって焼酎をロックで飲むやつだっているっつーの!


薫「……先輩」


正嗣「なんだ」


薫「なんで言わなかったんですか」


正嗣「何をだよ」


薫「『あ! あのぉおお! ぼく甘党なんでー、カシオレはこっちに下さぁあい!!』とか、言えばよかったじゃないですか」


正嗣「お前、先輩の俺にちょいちょい失礼だよなぁ」


薫「失礼とはまた失礼な……しかしとりあえず謝っておきます」


正嗣N:心が全くこもってない謝罪を聞き流しながら、俺達は互いに酒を交換しあい、申し訳程度の乾杯を行った。


正嗣「(つまみを、食べながら)んで、なんだよ」


薫「なんだよ……とは?」


正嗣「俺を呼び出した理由だよ。呼び出したからには何か理由があるだろ」


薫「……」


正嗣N:押し黙る。……ここで言い辛そうにもじもじしたり、顔を赤らめたりすれば、まだ可愛げもあるんだが……


正嗣「……」


薫「……」


正嗣N:なんつーか……『睨んでる』と思われてもおかしくないような仏頂面でこっちを見てくるもんだから、怖いったらありゃしない。……眉一つ動かさず、目もそらさずに、こっちをじーっと見てくるもんだから、責められてるような気がしないでもない……。


薫「……渡部先輩」


正嗣「おう」


薫「私達、知り合って何年か分かりますか」


正嗣「んー……三年ぐらいか?」


薫「正解です。もう知り合って三年なんですよ私達」


正嗣「……そして知らんうちにお前が先輩を追い抜いて出世街道まっしぐらの道に入って、もう二年か」


薫「ですね……長かった……」


正嗣N:どこか遠い目をしている設楽。でもそれと、俺をここに呼び出した理由に、一体何の関係があるというのか。

……思い当たるフシが、実はないわけではない。

こいつは、ここ数日ずっと妙だった。本人は『別に忙しくない』と言っていたが、一日中自分の席でパソコンの画面を睨みつけ、キーボードを叩きまくり、時々頭を捻っては、またキーを叩いていた。

こいつは一度、責任重大な大仕事を抱えたことがあった。あの時は見事に失敗したわけだが……今のこいつは、あの時に匹敵する忙しさで日々動き回っている。



正嗣「なぁ設楽」


薫「はい」


正嗣「そろそろ理由を話してくれ。意味もなくここに呼び出したわけではないだろう」


薫「はい」


正嗣「なら話してみろ。悩み事なら、相談に乗るから」


薫「…先輩」


正嗣「おう。なんだ」


薫「単刀直入に言います」


正嗣「おう」


薫「私の面倒を見て下さい」


正嗣「……面倒?」


薫「はい」


正嗣「……えーと……設楽」


薫「はい」


正嗣「面倒を見ろ、と」


薫「はい」


正嗣「誰が?」


薫「ゆー」


正嗣「誰の?」


薫「みー」


正嗣「俺が? お前の?」


薫「あーはん。おーいえー」


正嗣N:これは冗談だよな。仏頂面で顔色一つ変えず、いちいちエセ帰国子女的英語で俺に返事をするあたり、冗談だと受け取っていいよな。すでに係長の設楽を、ヒラの俺が面倒見られるわけないよな。


正嗣「おい設楽」


薫「はい」


正嗣「冗談はその仏頂面だけにしろ」


薫「それハラスメントですよ先輩」


正嗣「うるせー。俺がお前の面倒を見るって一体なんだよ。すでにお前は俺より出世してるじゃねぇか」


薫「お褒めいただき光栄です」


正嗣「そんなお前を、俺がどうやって面倒見るってんだよ。むしろお前が俺の面倒を見ろよ」


薫「バカな。先輩は要介護系先輩だったのですか。ただ仕事に対してルーズなだけではなかったのですか」


正嗣「うっせ。お前うっせ」


薫「ちなみに私は要介護系係長ですよ先輩」


正嗣「さりげなく“実は私は弱い”アピールをぶっこんでくんじゃねぇ。……そんなに難しいのか?」


薫「何がですか?」


正嗣「お前がここ最近、必死に何かを頑張っていて忙しいのは知ってる。そのことだろ?」


薫「違いますが。というか、別に仕事は忙しくなどありませんが」


正嗣「は?」


正嗣N:違うのか!? つーか忙しくないのか!? んじゃここ最近の設楽は、一体何をやっているんだ!?


薫「先輩。面倒を見ていただきたいのは、仕事ではなくプライベートのことです」


正嗣「まっっっっっっったく話が見えてこないんだが」


正嗣N:次のセリフを吐いた時の設楽の表情は、いつもの仏頂面のはずなのだが……


薫「では先輩。平べったく言い直します」


正嗣「おう」


正嗣N:―――――その時の設楽の仏頂面を、俺は生涯、忘れることはないだろう。


薫「私の夫になって下さい」


正嗣「? おっと?」


薫「つまり、私と結婚して下さい。プロポーズというやつです」


正嗣「プロポーズ……」


正嗣N:その時、俺は『プロポーズって……あのプロポーズで、合ってるんだよな?』と、ひどくとぼけたことしか、考えられなくなっていた。

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