4. 天才というものは、意外といる

(SE:上演開始のブザー)

アナ「本日は、当劇場にお越しいただき誠にありがとうございます。大変長らくお待たせ

いたしました。これより『私と先輩が結婚すべき理由』第4話、【天才というものは、意外といる】を上演いたします。最後まで、ごゆっくりご鑑賞下さい」




正嗣N:設楽薫(しだらかおる)。2月15日生まれ。年齢は俺より三歳年下の24歳。文系の大学を出たらしいが、細かい事は聞いてないからよく分からない。生まれは兵庫だそうだが、小さい頃に関東に引っ越したそうで、その頃の記憶はあまりない。

文章を書くのが得意で、師事していた教授から『本を書いてみたらどうだ?』と言われたこともあったそうだが、普通に就職の道を選んだとのこと。本人曰く、食べ物の好き嫌いは無いらしい。

そんな設楽が入社して、2週間ほどが経過した、ある日のことだ。俺はその時、設楽への指導方法を考えつつ、同僚から頼まれた資料作成をパワポで行っていたのだが……その時、設楽は俺の隣でその様子をただただじーっと眺めていた。



薫「先輩」


正嗣「んー?」


薫「それは何をやっているんですか」


正嗣「これか? 設楽はパワポを知らないのか」


薫「パソコンとは縁遠い生活を送っていたもので。“ぱわぽ”とは?」


正嗣「オフィススイートの一つで、プレゼンの時の映像を作ったり、こうやって資料を作成したりする時に使うソフトだ。仕事をする上でエクセルと同じぐらい必須なソフトだから、使い方は覚えた方がいいぞ」



正嗣N:そう言って先輩風を吹かせながら、俺は資料作成の作業に戻ったのだが……



薫「じー……」←(これは読んでも読まなくても、どちらでも可)


正嗣「これを……こうして……」


薫「じーっ」←(これは読んでも読まなくても、どちらでも可)


正嗣「んー……」



正嗣N:俺の隣で設楽がじーっと画面を凝視しているもんだから、やりづらくて仕方ない。なんだか監視されてるようで気持ち悪い……。



正嗣「……なんだよ」


薫「気にせず続けて下さい」


正嗣「そんな風に仏頂面で見られてたら落ち着いて出来んだろ」


薫「先輩、それセクハラですよ」


正嗣「どこがセクハラやねん。誰がいつお前に性的嫌がらせを働いた?」


薫「……不適切でした。すみません」


正嗣「わかればよろしい」



正嗣N:口だけは謝罪の言葉を吐くが、その後も設楽はパワポの画面をひたすらじーっと見つめ続けている。その眼差しに、謝罪の意識はまったく感じられない。

……そういや、そろそろ実践的なことを教えるべきだし、手始めにパワポを教えてみようか。これなら、俺でも少しはマシなことを教えられるし。



正嗣「なぁ設楽」


薫「はい」


正嗣「これ、ちょっとやってみるか?」



正嗣N:設楽が、非常に素早く俺の方を向いた。いつもの振り返るスピードの三倍ぐらいの速さだ。おかげでこいつのポニーテールが、『ファサッ』と結構な音を立てていた。顔は相変わらず仏頂面だが。



薫「よろしいのですか」


正嗣「よろしいも何も、そろそろ実践的なことも教えないとと思ってさ」


薫「ぜひ、ご教授お願い致します」



正嗣N:そういう設楽の仏頂面……特に鼻のあたりに俺は違和感を覚えたのだが……まあ気のせいだろう。よしんば違和感があったとしても、こいつの仏頂面は変わらんし。

こうして、俺と設楽のパワポ教室がスタートした。まずは機能を覚えてもらうところからスタートだ。



正嗣「とりあえず、お前に2時間ほど時間をやるから、パワポを好きにいじり倒してみろ」


薫「承知しました」


正嗣「分からないことは教えるから聞け。各機能とその使い方を身体で覚えるんだ」



正嗣N:こうして設楽に俺のパワポをいじらせること、約2時間。そろそろ次の工程に移ろうかと思い、俺が設楽の画面を覗いてみたら……。



正嗣「どうだー、しだ……ら……」


薫「……」



正嗣N:こいつは『簡単! 誰でも美味しく作れる佛跳牆(ファッテューチョン)の作り方』というよく分からないオリジナル資料を作り上げて、一人でスライドショーを上映していた。



正嗣「……」


薫「……何か?」



正嗣N:モニターでは、バイクに乗ったお坊さんがジャンプして塀を飛び越えている様子が、ただただ虚しくリピート再生されている。お坊さんがジャンプする度に『ていーん』というどこかで聞いたことのある効果音が、ただただ虚しく響いている。



正嗣「そのお坊さん、ジャンプしたらそんな配管工の兄弟みたいな音が鳴るのか」

 

薫「何か不都合でも?」



……気を持ち直す。



正嗣「……いや、設楽は料理をするのか」


薫「いえまったく」


正嗣「なのに佛跳牆の作り方の資料を作ったのか」


薫「はい」


正嗣「……」


薫「……何か?」


正嗣「いや……」



正嗣N:次第に重くなってきた頭を抱え、俺は次に資料作成の手順(ただし俺流)のやり方を、設楽に懇切丁寧に指導していった。

そうして、役に立つかまったく分からない、講師・俺、生徒・設楽のパワポ教室は大詰めを迎え……



正嗣「じゃあ実践だ。残りの勤務時間を使って、資料を一つ作ってみろ」


薫「取り上げる題材は何ですか?」


正嗣「なんでもいい」


薫「……佛跳牆でいいですか」


正嗣「お前のその佛跳牆に対するこだわりは何なんだ」


薫「占星術の本によると、今日の私のラッキーアイテムは佛跳牆らしいので」


正嗣「なんだその個性の出し方を間違えた占いの本は。お前の趣味は占いなのか」


薫「趣味ではありませんが、『佛跳牆さえ準備すれば、愛しの彼も塀を飛び越えてあなたの元へ!!』て書いてありました」


正嗣「そこまでスイーツな内容なのに、なんでラッキーアイテムのチョイスが佛跳牆なんだよ。しかも地味に佛跳牆の由来を知ってるヤツが書いたなその文句」


薫「由来は常識では……?」


正嗣「お前の常識は世間の非常識だと認識した方がいい。佛跳牆の由来など常識ではない」

 


正嗣N:そうして設楽に、先程俺がレクチャーした手順を尊守させた上で、佛跳牆に関する資料を作成させてみることにする。時折設楽からの質問に答えたり、設楽の仏頂面に身の危険を感じたりしながら3時間ほど経過した、定時に近い午後6時前……

 


薫「先輩、完成しました」


正嗣「おーう。じゃあ見てみるな」

 


正嗣N:設楽謹製、『本当に美味しい、素人でも作れる佛跳牆』の資料が完成した。



正嗣「やっぱり佛跳牆なのか」


薫「やはり今日の私はこれで行きたいと思いまして」



正嗣N:設楽が作ったパワポは、今日の午前中までパワポ未経験なやつが作った資料だとは思えないほどの出来だ。文章もグラフも端的かつ簡潔にまとめられ、非常に分かりやすい。適度な装飾は見ている者を飽きさせず、最後まで読ませる力を持っている。



正嗣「設楽」


薫「はい」


正嗣「お前、資料作成の経験あるだろ」


薫「ズブの素人ですが。この“ぱわぽ”とやらも、今日生まれて初めて触りましたが」


正嗣「嘘つけ。こんな見事な資料、素人が作れるわけがないだろうが」


薫「失礼な。私が経歴詐称したとでも言いたいのですか先輩は」



正嗣N:実に見事な資料だった。この資料を見れば、十人中十人が『これは素晴らしい資料だ』と称賛するだろう。それぐらい、この資料の出来は完璧だ。

この資料でプレゼンを行えば、観衆は即座に佛跳牆の虜となり、自ら作ってその妙味を堪能することになるだろう。佛跳牆のプレゼンなんて前代未聞の機会など、そうそう訪れないであろうことが非常に悔やまれる。

 


正嗣「お前すげーな。文句のつけようがないぞ」


薫「ありがとうございます。やはりラッキーアイテムが効いたようですね」


正嗣「いや、そうじゃなくてこれはお前の実力だ…よし。これから俺の資料作成の仕事はお前にも手伝ってもらう」


薫「よろしいんですか」


正嗣「むしろ俺が頼みたい。この職場での数少ない俺の仕事が、みんなのパワポ資料作成だ。そこで俺の力にお前の力が合わされば、まさに百人力だ」


薫「ありがとうございます。粉骨砕身がんばります」

 


正嗣N:こうして、設楽は二代目社内パワポ職人として華々しいデビューを飾ることになった。

そしてこのパワポ教室の際に設楽が見せた才能の片鱗は、後に『最年少出世』『社内最強の稼ぎ頭』『もはや渡部なぞ不要』と呼ばれるほど、設楽を成長させていく。気がついた時、設楽は先輩の俺を飛び越えて主任に昇格し、さらにその後、係長に君臨していた。

だが、社内でのポジションなぞ俺はどうでもいい。そんなことよりも、今日家に届く、横浜中華街有名店プロデュースの吊るし焼豚の味の方が、俺は気がかりだった。 

 

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