罪状、優柔不断。
青みがかった鼠色の薄雲がほど長くたなびく夕空に、遠い山が平行して伸びている。奥に少女が隠れているのか、ムラなく広がるライムとレモンのグラデーションはワンピースの裾が翻るようだ。デザイン上手な誰かの手によりバランスの良い配色と配置が施されていて、写真に撮りたくなるけれど、きっと写真には収まらないだろう、今この目でしか見られない光景。まるで早朝に扉を薄く開けたような、フレッシュで、みずみずしくて、快活な南の空。視線を上げてはじめて窓に気づき、この町は空の下、山に囲まれていたのだと自覚する。
すぐにでも電車を降りれば、もう少し長く見ていられるかな、と頭では思いながらも、結局ぼうっと壁に寄りかかったまま、目的の駅まで着いてしまった。改札を抜けてティッシュ配りの前を通り過ぎる。乗り換えた先の電車からは、特に何が見えるわけでもなかった。
スマホをつけようとして、ふと座席に知り合いらしき面影を見つける。目つきや頬の膨らみ具合、やっぱり小学校の同級生らしい。格別仲良くはなかったけれど、一緒にいると和む相手だったと記憶している。スマホを見ながら眉を顰める表情も、当時とそっくりだ。
ひさしぶり、なんて声をかけてみようかと思案してみる。彼女は嫌な顔をしないだろう。きっと笑い返して「ひさしぶり」と言ってくれるはずだ。そういえばまだバレーボールは続けているのだろうか。当時に比べてずいぶん背が伸びたようだから、今の学校ではますます活躍しているのかもしれない。
どうしようか。でもなあ。どうしようか。悩んでいる間にどうでもよくなってきて、横顔をじっと見ているだけで満たされてきた。電車は止まり、改札まで近い。そそくさと階段を登ってICカードを取り出した。
「○○ちゃん?」
見れば彼女がすぐ後ろにいて、私の顔を覗き込んでいた。私は即座に、
「ひさしぶり」
と言った。彼女は笑みを浮かべて、「久しぶりだね」と口ずさんだ。
並んで改札を抜けて、気分が高揚していることに気づく。やっぱり自分から声をかけたらよかったと一瞬思うけれど、そんな後悔も会話をしている間に忘れてしまう。思い出話に花を咲かせて、彼女が充実した日々を過ごしているらしいこと、知り合いがいなくて寂しい日々を過ごしていること、まだバレーを続けていることを知り、なんとなく安心した。あなたはどうなのと訊かれて、当たり障りのない返事をする。
足が一歩駅の外に出た。自然と視線が前方に向いた。空は稀に見る青さだった。あのグラデーションを失っても、まだ空は美しかった。この光景を見られるのは今だけだと明確な自覚を胸に抱く。同時に、これが最後のチャンスだと言われているような気がした。
「どうしたの?」
と気遣うように向けられた目も心を揺さぶる。選択の狭間でぐらぐら揺れて、どうしようかと悩んで。結局、私はいつも同じ方を選んでしまうのだ。
「ううん、なんでもない」
いつもの帰り道は、いつも通りの景色をしていた。
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