無題に等しい
幼馴染と呼ぶには関わりの浅い相手が、それよりさらに関わりの浅い少女と腕を組んでいる。二人は仲睦まじい様子で、まるで恋人のような、しかし友達でもあるかのような優しさを顔に表していた。彼女はその美しい顔を彼へ向け、彼もその整っている、しかしはっきりと見えない顔を彼女の方へ向けた。長いポニーテールがさらりと肩を撫でる。二人の顔の隙間が色づいて眩しいとすら思う。幻想的で、理想的で、きっとアダムとイブはこのような姿をしていたのだろう、なんてことさえ思う。そっと細められた目尻に、つい目が離せなくなる。
ふと、彼女の瞳が背後へ逸らされた。それは後ろを歩く私を捉えて再びにこりと笑みを浮かべた。聖母のように慈悲深い笑み。善意と優しさとお砂糖でできた女神の艶かしさ。
ああ、もしも彼女が友人でなければ。私の知った人でなければよかったのに、とぷかり言葉が浮かぶようだ。恋しい人の腕を組んで微笑うそれがただの悪魔であったならば、この感情はただの憎しみに置き換わっていただろう。
いつでも呪われた者を救うのは真実の愛だ。愛のないところに呪いは解けず、毒林檎を食べた姫は眠りから覚めないままで、ガラスの棺に七人の小人の涙だけが満たされる。針に刺されて100年の眠りについた姫も、王子がキスをしなければ冷たいベッドの上に眠ったまま覚めることはない。
そこにあるのは真実の愛。目に見えるほどに慈愛を持て余した彼女が、溢れる慈愛を全て隣の彼に向けていることなど明白だった。言葉にして尋ねなくても、二人は愛し合っていて、愛が不足することは未来永劫ないのだった。そこには他の誰も立ち入る隙がない、完全な、二人だけのエデン。アダムとイブを誑かす蛇になれたとて、地を這う未来しか保証されない。
まっすぐな道を、二人は言葉を交えながら歩いていた。私はその数歩先をとてとてと、歩くのに慣れない子供のように付いて行った。ふたつの背中は大きくなかった。ずっと遠くにあるような気がした。
きっとアルコールのせいだ。頭に回って神経を焼く毒が、こんな惨めな感情にさせる。
川岸から水音が聞こえる気がした。きっと水は氷のように冷たかった。寄り道などしようかと考えて道の脇を見るけれど、そこは真っ暗で街灯を反射する水面すら見えない。
クスクス、と湧いた笑い声に顔を上げると、くるりと反転して美しい瞳が私を貫く。それははっきりと目を見開いて、私を捉え、慈愛を分け与えるように優しく言葉を吐いた。その一瞬、私は女神の皮の下に悪魔の姿を見た。
「これ、夢じゃない?」
それは楽しそうに笑っていた。私は二、三度目を瞬かせ、ようやく言葉を発した。
「そうかもしれない」
クスクス、とまた笑い声が聞こえた気がする。声はゆっくりと遠ざかっていった。
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