はちみつ

 秘密だよ、って。同じくらいの高さの両目が、上目使いに見上げて。ガラスコップの底に500円玉くらいのはちみつを、水で隠してかき混ぜた。長い黒髪が汗ばんだ首に貼り付く。カラリと氷を落としてカサ増し、細い指先の跡が残ったガラスを掬い上げ、恐々と口付けた。その時彼女は、きっと私の顔を見ていた。

 どんなミステリよりミステリアスな、全てを隠して曝け出した人。訊けばなんでも教えてくれるのに、なにか、知らない、まだ私は彼女を知らない、そんな綿菓子みたいなモヤが人の形をしていた。全部幻だって言われても信じちゃう。嘘ばっかりだったのかも、でも、彼女は嘘を吐かなかった。矛盾していておかしい、のに、確かなことがひとつだけ。彼女はとても優しかった。

 水面に浮かぶエンゼルフィッシュの、尻尾が藻に絡みつく。LED光線はプラスチックを廉価に映す。エンゼルフィッシュも廉価なものだ、どれもこれも、たいした価値なんてない。あの蜂蜜も高くはなかった。300円そこらのレンゲ蜂蜜はエンゼルフィッシュ一匹よりずっと安い。でも、ガラス底のはちみつは、エンゼルフィッシュよりずっと美しくて、特別で、値段もつけられないほどだった。うっすら金を帯びたはちみつ水が格別甘かった。彼女の笑みは一際甘ったるかった。水に溶けたあの甘さが、喉を滑って胃に落ちて、やがて、私の瞳になる。

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