緊迫

 崖っぷちに立つとしばらく足が震える。別に深い意味があるわけじゃない。ただ単に、興味。そう、興味があって僕はここに来たのだ!何かが欲しいとか、誰かに言われたとか、死にたいとか、そんなものは全然関係なくて、気づいたらここにいて、崖から下を見下ろしていて、下にはそれっぽい赤い景色が見えて、ああ、来るんじゃなかったと脚がガクガク震えて小鹿みたいだ。

 いじめ、でないことがいじめなのかも知れない。人が嫌いだ、関わってほしくない、嘘ばかりついて小綺麗な顔をして話しかけてくる人間が嫌いだ、それには愛想良く笑って接さねばならないのだ。あらゆる人間が、僕が生きるのを邪魔する。迷惑だ、面倒だ、うるさい、そう言えない僕にも責任の一端がある。

 いっそのことこんな僕のことなんて知らないでいてくれたらいいんだ。綺麗さっぱり忘れて、透明人間として扱ってくれたらいいんだ。透明人間!何度これになりたいと思ったかわからない。自分の存在が邪魔だ、重たくて人にじろじろと見られる。こんな肉体は要らない。焼却炉に入れてそのまま燃やしたい。

 まだ脚はガクガク震えて止まらない。恐怖だ恐怖。死ぬのが怖くてたまらない!あそこに落ちている赤いシミは、何を思って飛び降りたのだろう?きっと僕と似たようなものだろう。世の中に、心底嫌気がさしたんだ。

 気づけば脚の震えも止まっていたらしい、崖にもう一歩近づいても恐怖も何も感じない。なあんだ、なあんだ、僕と同じでみんなが死んでるんだ。僕が死んだって変じゃないんだ、僕はこれを境に解放されてもう二度とこの世に帰ることはないんだ。

 わざとに足を滑らせたら、そのまま下へ真っ逆さま。もう心配することは何もない。もう今更何を思っても仕方がない。死に際に走馬灯を見るなんて嘘だった。今更ぜんぶ理解したって何をすることもできないんだ。

 もうすぐ頭が地面につく。

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