われました。

 われました。とても大事にしていたはずのガラス瓶を破ってしまいました。半分衝動、半分偶然による失敗でした。

 そもそも、ガラス瓶といっても、それはただのジャム瓶でした。半径3センチ程度の丸っこい苺ジャムの瓶です。私はそれをちょっとした花瓶として使っていました。窓際の、木目の台の上にコトと置いて、ジョロロと水を注いで、適当な花を挿しておきました。

 あまり高さのない瓶ですから、たとえば牡丹だとか、そういう花の大きいものは挿しませんでしたし、また元は安っぽい300円程度の苺ジャムの瓶でしたから、美しい薔薇や菖のようなものは不似合いでした。私がそこに挿しておいたのは、南天の枝、桜の枝、チェリーセイジ、スイセン、中でもとりわけ地味に咲くものを選んで挿しました。また、蒲公英やクローバーのような野草も、面白いのがあると持って帰って花瓶に挿しましたが、それらは背丈が低いので、挿すというよりかは水に浮かんでおりました。

 ガラス瓶には、大抵いつでも花が挿されていました。そして朝に窓際の椅子に座って、それをじっと眺めるのが私の毎日の日課でした。

 そんなふうに大事にしていたガラス瓶を、私はわってしまったのです。

「やってしまった」

 これ以上的確に私の心情を表す言葉はありませんでした。ガラス瓶がわれたことを認識して、まず私は、ガラス瓶を悼んで悲しみました。次に馬鹿げた失敗でガラス瓶をわった自分を恥じました。自責の思いがしばらく胸中で渦巻いた後、ようやく、床一面に水と花びらと破片が散らばっていることに気づき、ティッシュで拭き取って全部をゴミ箱に入れました。幸か不幸か、瓶の破片は小さく粉々になって床一面に散らばっておりましたから、私は大きな怪我をせずに済みました。すべて片付くと床は元の綺麗な状態に戻り、ただ、今までずっと窓際にあったガラス瓶がひとつ消えただけでした。それだけのほんの些細なことを、なんとなく寂しく思いました。

 あのガラス瓶の代わりを探す時間は、思いの外長くなりました。まずプリンカップを置いてみますと、陳腐すぎて合いません。次にマグカップを置いてみますと、ナチュラルすぎて変に思いました。それならばとガラスコップも置いてみましたが、今度は豪華すぎておかしいように思いました。

 いくつか試して何度も置き換えて、私はようやく、あのジャム瓶でないとダメだと結論を出しました。そのままの足でスーパーに出かけて苺ジャムを買い、皿に中身をすべて出して、瓶を洗って水を注いで、苺ジャムの瓶を窓際の定位置にコトと置きました。苺ジャムの瓶は全てを了解したように、程よい安っぽさ、ナチュラルさ、優美さを放って、差し込む光の色にきらめきました。これ以上すてきなものは、世界中どこにも存在しないように、その時の私には思われました。

 その翌朝、私は花を飾りませんでした。それだのにその朝も、窓際に座ってガラス瓶に水が入ったのを見ていました。ジャム瓶は日光を燦々と浴びてきらめいています。次は何の花を挿そうか、考えて私はそっと微笑みました。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る