僕ら原石

 原石のままの方が、素晴らしい石もある。

 かといって、削った方が素晴らしいかもしれない原石を削らずに置いておくということが、彼はできる性分ではなかった。いや、それ以前にそういう発想もなかった。

 だから進路希望書には迷いなく「文系」の方に丸印をつけて、紙を折ってピリリと破く。

 誰よりも早く書き終わってしまえばその後は暇なもので、丸井はまだ紙と睨めっこをしている周囲をきょろきょろと落ち着きなく見渡して、それから隣の席の男子生徒の手元を陰から、──本人はこっそり覗き見ているつもりだが、瞳が忙しなく動いているせいだろう、とっくに視線に気づいていた門田が顔を上げ、彼は門田とばっちり目があってしまった。

 ギョッと慌てて丸井は目を逸らそうとしたが、男子の中でも大人しくなにを考えているのかわからない門田は、意外にも体を寄せて丸井の進路希望書を覗き込んだので、丸井は緊張して身を少しのけぞらせた。紙を覗き込んだまま、門田は「ふーん」と言った。

「丸井は、歴史好き?」

 そう小さめの声で問われて、丸井もまた声を少し震わせながら控えめな声で答えた。

「地理の方が好き。俺、山岳部だし」

「あーね、俺も地理は好き。歴史の方が好きだけど」

「じゃあ、門田も文系か」

 仲間を見つけたと思って勝手に声が高くなる。しかし門田は何も特別な感情など滲んでいない、ただただ普通の声で言った。

「いや、おれ理系」

 一瞬目を丸くしてから、丸井は何かを理解したように何度か軽く頷いて、

「え?あ、国語苦手系か」

「いや?」

 と、丸井の予想はばっさりと切られる。

 頭の中にはてなマークがいくつも浮かび上がり、全く理解できていない丸井の顔を見ることもなく、門田は自分の進路希望書を丸井の机の方へ寄せて丸いに見えやすくして、理系につけられた丸印を見せた。

「ほら、おれ理系」

「なんで?」

「なんでって……」

 門田はしばらく顔をしかめて考え込み、ようやく、言葉を選びながらぽつぽつと話しだした。

「俺は歴史すきだけど、だからこそ自分より歴史できる奴がいたらつい僻んでしまうし。歴史は好きだけど、もし歴史で悪い点数取ったら矜持…プライド?が傷ついて立ち直れなくなるし。俺、歴史すきだから、歴史ができない自分が許せないから、授業取りたくないんだよね」

 丸井にとって門田の言葉は、目から鱗だった。今まで彼に全くなかった発想で、はあ、はーん、と感嘆だかなんだかよくわからない音が口から溢れた。しかし門田が言うようなプライドというのは自分に該当する感覚がなくて、共感どころか理解もできない。とにかく、新しすぎる価値観だった。

「歴史、好きなのに文系じゃないとか、そんなこともあるんだ。へー」

「んん……まあ、そういうのは個人差あるし、俺みたいなのは少ないと思うけど。丸井はあんまりそういうプライドないよね」

 丸井はちょっと貶された気がした。何も言わなかった。

「まあいいんだよ俺のことは。誰もが原石だけど、自分の才能を磨くか磨かないか決めるのは、自分自身だからさ」

「じゃあプリント後ろから集めてきてー」

 と先生の声が遮ったので、一番後ろの席の生徒が立ち上がり、プリントを回収していく。門田も傾けていた体を起こして自分の席へ戻ってしまったので、丸井は頭を机につけてうつ伏せになった。不思議と眠気も何もなくて、彼はクリアな頭で考える。

 僕らは原石だ。各々が才能の石ころの山を持っており、好きなものも得意も、どこかにみつけている。原石を削り出して、宝石を磨くのは、勇気がいる。せっかく削ってもダメになってしまうことも多い。原石のままでいいか削るべきかなんて、本人にも他人にも、誰にもわからないのだ。

 門田のシャーペンがノートを滑る音がガリガリと、不規則に聞こえる。丸井はうつ伏せたまま、進路希望書の提出はもう少し待ってもらおうかと思い巡らせた。

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