大切だったあなたへ

銀髪ウルフ  

    大切だったあなたへ

目が覚めた。

いつもと変わらない退屈な意味のない一日が始まる。

いつもと同じ。

独りだ。

今に始まったことじゃない、慣れている。

それなのに寂しいと感じてしまうのはあなたを、人の温かさを知ってしまったからだろうか。

独りがこんなに寂しいと感じるなら出会わない方がよかった。

知らなければ寂しくはなかったのに。



私はいつからこうなったのだろう。

生まれた時からか。

いや、生まれる前、この世に生を授かる前からこうであった気もする。

物心ついた時にはすでに幼心から自分は他人と異なった存在であることを悟っていた。

自分は欠落者なのだと。

自分は持たざる者なのだと。

誰もが当たり前のようにもっている“ソレ”は私には到底得られないもの。

それは私が一番わかっている。

だから諦めた。

自分は生まれながらの欠落者、知らないから得られない。

知らない、というよりは理解できないといった方が正しいか。

だから独りを選んだ。

独りならば何も考えなくていい。

独りは楽だ、ずっとそう思っていた。




だけどあなたに、心から一緒にいたいと思えるあなたに出逢った。

ただ過ぎるだけの日々に彩がついた。

早送りだった世界がスローモーションになる。

あなたが世界を、私を変えた。


あなたと出会って初めて他人の温かさに触れる。

欠落者である私にも“ソレ”の存在を感じ取れるとあなたが教えてくれた。

他人だろうと心を許せる相手と過ごすのならば“ソレ”を共有することができるとあなたは教えてくれた。

そしてあなたがくれた“ソレ”は今までに感じたことのない感覚となって私の中に腰を据える。

今までに感じたことのない奇妙な感覚。

だが不思議と嫌な感じはしない。

むしろくすぐったくそれでいてとても心地が良かった。

初めて感じるその感覚は皆が幸せと呼ぶ類ものかもしれない。

欠落者である私には与えられなかったモノ。

私独りでは決して感じることのできなかった喜び。

うれしい。

退屈だった毎日が色づいたみたいに輝いている。

世界はこんなににも音で溢れ、色に満ちていると初めて知った。


だからこの時が、あなたと過ごすこの瞬間がなくなることを心の底から恐れてしまう。

それほどまでに私の中であなたは特別な存在になっていた。

どうか、それをわかってほしい。

私のこの想いと共に、少しでもあなたにも伝わってくれていればいいと思う。

答えてくれなくてもいい。

ただ、あなたを大切に思っているという事だけはあなたに届いてほしい。

そして願わくばいつまでもあなたの隣でその笑顔を見ていたい。

私にとってそれはたいそれた願いかもしれない。

それでも、それでもそれが今を生きる私が持てる唯一の望み。


あれから何年がたったのだろう。

あなたが私の隣からいなくなって私はまた独りになった。

ずっと独りだった、生まれてからずっと。

形だけの家族。

友と呼べる人もいなく、だれに頼るでもなく今までは独りで生きてきた。

だから独りには慣れている。

今更一人に戻ったところで何も変わらない。

あなたと出会う前の、あなたのいない昔に戻るだけだ。

ずっとそう思っていた。

だけどあなたが私の隣から居なくなったとき、同時に体の一部を一緒に持っていかれたように心に穴が開いた。

今まで何とも思わなかった一人の時間が苦痛に感じる。

どうしてだろう。

いつの間にかあなたの存在が私の中で大きく膨らみかけがえのない存在になっていた。

そんなあなたの存在が私の心を溶かし、変えていった。

そして、あなたという存在を、友という存在を知った今、孤独というものがこんなにもつらく寂しいものだという事を知った。

手に入れてしまった。

いつか失うとわかっていたのに。

失うことのつらさを誰よりもわかっていたはずなのに、欲しいと願ってしまった。

願うことは許されないのに。

だからこの胸の痛みはきっと願ってしまったことへの罰なんだ。

願ってはいけない、望んではいけない、期待してはいけない、手に入れてはいけない。

わかってる。

だけど。

だけど、人は孤独には勝てない。

独りがつらく寂しいものだとはっきりと悟った私はこれからどう生きていけばいいのだろう。

今までずっと独りだった私は他人と歩んでいく方法を知らない。

それを教えてくれたあなたももう私の隣にはいない。

あなたのせいで私の中の“生”がわからなくなってしまった。

あなたに出逢うまではそんなこと考えたこともなかったのに、あなたのせいで生きられなくなってしまった。

一歩を踏み出そうにも踏み出す方向さえもわからない。

進みたいのに、ここではないどこかへ辿りつきたいと願うのに。

私だけでは、独りではどこへも行けないことに気付いた。


ああ、そうか。

これは私が作った私だけの世界なんだ。

ここではないどこかへ行こうと願うのであれば私はこの世界を壊さなければならない。

慣れ親しんだ世界を壊し、まったく知らない世界へと旅立つ。

恐い。

恐くないわけがない。

それでも一歩を踏み出さなければいけない。

独りは寂しいから。

独りは悲しいから。

大切な人達と今を生きたいから。


さようなら“わたし”




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大切だったあなたへ 銀髪ウルフ   @loupdargent

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