第6話 やってきた男
ヒナミとイチカちゃんが校舎を出るとミホがいた。
「よっ」
ミホは手を挙げて挨拶をした。
「どうしたの?」
ヒナミは尋ねる。
「ヒナミん家に遊びに行ったら、学校だっていわれたからさ。これからヒマならさ、遊ぼうよ」
ヒナミはいいけど、イチカちゃんはどうなんだろう。
「イチカも遊ぶ―」
決定だ。
「んで、どこ行くの?」
ヒナミは尋ねた。
「ヒナミもイチカも、どっか行きたいとこある?」
ミホは、ヒナミとイチカの顔を順に見る。
「あの、イチカね、服屋さん行きたいんだけど、いいかな?」
イチカちゃんは遠慮がちに手を挙げた。
「服屋? いいけど、なんかほしいものでもあんの?」
ミホが尋ねる。
「うん。イチカね、水着持ってないから、だからね、行きたいな。今度ね、学校でお泊りするの。そのときに、ヒナミちゃんに泳ぎ方教えてもらうんだ」
ミホは突然、イチカちゃんの髪をワシャワシャとなでる。
「あたしも参加するんだ。よろしくね」
「うん」
イチカちゃんは大きくうなずいた。
ヒナミ、ミホ、イチカちゃん。三人で並んで歩く。はずだったのだけど、ヒナミだけ遅れてしまった。
誰かがヒナミの服の袖を引っ張ったからだ。
視線をむけると、銀色の髪と、青い瞳の女の子、ウミだった。
「なに? ウミ」
ヒナミが尋ねると、ウミは前方を指差す。ミホと、イチカちゃんが歩いている。
「あの二人がどうかしたの?」
ウミはブンブンと首を横に振った。
「じゃあ、校門?」
ウミはうなずいた。
「ええっと……」
ヒナミは目をこらしてみる。そして気が付いた。
校門の影から、まっすぐにこちらを見ている人がいる。男の人だ。全く目をそらさない。ヒナミたちを凝視している。
なんだろう。
「あの男の人たちのことを教えてくれたの?」
ウミはうなずく。
「あの人たちが、どうしたの?」
ウミは指差した。イチカちゃんを。
「イチカちゃん?」
ヒナミが尋ねると、ウミはうなずいた。
「イチカちゃんが、どうしたの?」
そのとき、ミホの声がした。
「おーい。ヒナミ―。どしたー」
「ううん。何でもない」
いつの間にか、ウミはいなくなっていた。あの人、なんなんだろう?
なんなんだろう、と考えていたら、校門を出たところで、男の人が近付いてくるのが見えた。
「ミホ、イチカちゃん」
ミホとイチカちゃは足を止めた。
「どしたの? ヒナミ」
ミホが尋ねる。
「ひょっとしたら勘違いかもしれないんだけどね」
ヒナミはチラリと男の人の方を見た。まだこっちを見ている。目が合ったのですぐに視線をそらした。
「さっきからずっとこっちを見てる人がいる」
ヒナミがいうと、ミホも、イチカちゃんも、ヒナミが見ていた方向を見る。
「確かに、見ているね」
ミホは声を低くしていった。
「なんだろうね」
イチカちゃんは首をかしげる。
「知らない人だ。ヘンな人かな?」
ミホはそういってから少し考える仕草をした。
「逃げよっか。乗って」
ミホはヒナミに背中をむけると、その場にしゃがんだ。
「杖持つよ」
イチカちゃんが手を差し出す。
「ありがと」
ヒナミはイチカちゃんに杖を渡すと、ミホの背中につかまった。
「校門をくぐったら走るよ。左ね」
そういいながら、ミホは立ち上がった。
「わかった」
イチカちゃんは大きくうなずく。
イチカちゃんと、ヒナミを背負ったミホは校門へむかう。
「あの人……」
イチカちゃんは、小さな声でいった。その視線は、例の男の人を捕らえているようだ。
「どうしたの?」
ヒナミも、小さな声で返事をした。
「ううん。なんでもない」
イチカちゃんは一瞬、不思議そうな顔をうかべた気がする。でも、一瞬でその表情は消えた。だから、ヒナミの気のせいだったかもしれない。
校門が近づいてくる。
ヒナミの心拍数は上がっていく。ドキドキしてる。
校門を抜けて。
「今っ」
ミホは走り出す。グイグイ加速する。ヒナミは小柄で体重も軽い。でも、人を一人背負ってこの走りはすごい。
「イチカ、ついてきてる?」
走りながらミホはいった。ヒナミは振り返る。
やや遅れ気味ながら、ついてくるイチカちゃんが見えた。
「大丈夫」
ミホの頭越しに、前の景色が見える。
「ミホ、左」
ヒナミはいった。
道路の左側にお墓がある。ミホはそこに飛び込み、そのまま墓石の裏に隠れ、ヒナミを降ろした。
少し遅れて、イチカちゃんもやってきた。三人並んで、墓石の裏に隠れる。いや、隠れられてはいないんだろうけど、でも、気持ちは少し楽になる。
ミホとイチカちゃんはしゃがんでいて、ヒナミは正座をしている。
「二人とも、もうちょい寄りな」
ミホはヒナミとイチカちゃん、それぞれの肩に腕をまわして、体を引き寄せる。
十秒、十五秒、二十秒。
時間が、ゆっくりに感じる。
「もうそろそろ、いいかな」
数分たった頃、イチカちゃんは小声でいった。
ミホも、墓石の影から顔を出す。
ヒナミは、ふう~と息を吐いた。大丈夫そうだ。
「はやめに出ようよ。この人に悪いよ」
イチカちゃんは、墓石を見ながらいった。
「大丈夫だよ」
ミホは墓石の正面にまわる。
ヒナミも、ミホの後に続く。立ち上がるときイチカちゃんが手伝ってくれた。
「うるさかった? ごめんね。でも、ありがとね」
墓石に刻まれた文字を見ながら、ヒナミはいった。
『森松智里之墓』
イチカちゃんも、墓石を見つめる。
「知ってる人?」
イチカちゃんは静かに尋ねた。
「友達。海が、好きだった」
ミホが、答えた。
彼女の実家は、松山から遠く離れた東京だった。でも、お墓はここにある。海が好きだったから、海の見えるこの場所にある。
「そっか……そうなんだ」
イチカちゃんは小さな声でいうと、しゃがんで手を合わせた。
「ありがとう」
ヒナミは口の中でつぶやいた。
波の音が、規則的に聞こえる。
ヒナミたちは、海辺の道を歩く。
「あの人、やっぱりどっかで会ったことある」
歩きながら、おもむろにイチカちゃんはいった。
「あの人って、さっきの男の人?」
ヒナミは尋ねる。
イチカちゃんは「うん」とうなずく。
「はじめはパパに似てるだけかなっって、思ってたんだけど、絶対それだけじゃない。どっかで会ってるよ」
「で、どこで会ってんの?」
ミホが聞いた。
「わかんない」
イチカちゃんは即答した。
「わかんないけど、間違いないよ」
イチカちゃんは首をかしげながら歩いていた。
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