第11話 魔物憑き
馬は夜目の利く動物である。
つまり、夜間の行軍も可能とする。
周囲の景色は月明かりだけが朧気に照らすばかりであったが、訓練された騎士団の軍馬は一頭たりとも道を見失うことなく夜道を疾走していた。
文鬼、カティを交えた騎士の一団を率いるクラウスは、夜を徹して黒都クロムクラッドへと向かうつもりであった。
このまま行けば、早朝には着くだろう。
――妙だな。
最初にその気配に気付いたのは、文鬼であった。
そういう気配である。
気配が、馬の速度で走っている一団についてきているのである。
「ねえブンキ、なんだか変な
小柄な
「ふむ、お主も感じたか」
ブンキはその気配が気の所為などではないと確信した。
「何か、いるな」
「クラウスに伝えてみるね」
と、カティは目を閉じた。
「風の第一深層――《
任意の物音を任意の場所で起こす、ごく単純な魔術であった。
ごく単純であるが、
例えば、声が伝わりにくい場所での情報伝達や、周囲にそれと悟られずに情報を伝えたい場合などだ。
魔術作用の規模の小ささに反して、その応用範囲は限りなく広い魔術である。
「全隊、停まれ!」
カティから異変を告げる
「異変の
それに、文鬼が答える。
「妙な気配が付いて来ている」
クラウスは背後の一団を見渡す。
無論、随行する騎士の数が増えていたりはしない。
「特に不審な影は見当たらないが――」
と、その時――――月明かりが、消えた。
「上だ! クラウス!」
文鬼が、短く叫ぶ。
咄嗟に
闇が訪れたのは一瞬で、消えた月明かりが再び周囲を照らす――
否、月明かりが消えたわけではなかった。
月光が、上空から襲ってきた何かに遮られたのである。
その光を遮ったものは、クラウスの剣に弾かれて、再び上空へ舞い上がると、やや距離を置いて地面に着地した。
「弾かれちまったか……」
かすかな月明かりの下で、そう呟いたそれは、
鳥のような羽翼ではなく、
「魔物――いや、"魔物憑き"か!」
クラウスが叫ぶ。
騎士たち各々が抜剣した。
「この世界はあのような
文鬼がカティに訊く。
翼が生えてはいるが、それ以外は人間と変わらないように見える。
ひょろ長い手足に人間と変わらぬ軽装の武具を付け、手には
「ううん、あれは"魔物憑き"――」
「ほう?」
「
前に話したでしょ?
"魔王"出現の影響で、多くの精霊や神族が魔物になったって。
そういう影響は、一部の人間にも及んだの。
体に、魔物の形質を持って生まれてくる、という形でね」
「それが、あれか」
「あれは多分、翼魔――ガーゴイルの魔物憑きだわ」
クラウス以下、騎士団の団員たちは既に襲撃者を取り囲んでいる。
しかし、その魔物憑きは動じる様子もない。
「馬で俺を取り囲んだって無駄だぜ。
羽根でも生えてる馬でなきゃな」
「なぜ私を襲った。賊か?」
「そう見えるか?」
「魔物憑きが人間を襲う理由は大抵そうだ」
「なるほどね。だが不正解だ。
俺は確認に来たのさ。
さっきのはちょっとした挨拶代わりだ」
「なに?」
「居るんだろ?
む――
魔物憑きの目的が自身と闘う事であると聞いて、文鬼が低く唸った。
「なぜ魔物憑きが
「細けえことはいいんだよ。
さっさと
でなきゃ、次は本気でその頭をカチ割るぜ?」
「……やってみろ」
そう言ってクラウスは馬上から魔物憑きへ剣を向けた。
取り囲む騎士たちも、臨戦態勢である。
「やる気かよ。まあいい、全員まとめてやっちまうかぁ?」
魔物憑きが、その翼をばさり、と広げた。
そこへ――
「待て。お前の目的は
文鬼である。
馬から降りて、魔物憑きの前に進み出ていた。
「……お前が
魔物憑きからは、文鬼が小柄な騎士に見えている。
「ああ、
「おい、ちょっと待て」
そこへ割って入ろうとしたクラウスに、
「やめておけ。騎馬の集団で相手をするには、不利な相手だ」
文鬼はぴしゃり、と言った。
「それが解らぬお主でもあるまい。余計な被害は不要だろう」
む――
文鬼の言う通り、この相手に、騎士達は不利である。
まず、人間は上空からの攻撃に弱い。
重力がある故に、人間を含む多くの生物は、下から上へ向かって攻撃するように、できていないのである。
文鬼の世界における近代戦においても、上空からの攻撃は定石であるし、それに対抗する為には通常兵器ではなく対空兵器という個別の兵器を必要とする。
加えて、移動範囲という有利もある。
騎士とは、馬という巨大な獣に乗った集団である。
移動しようにも、他の騎士で陣形を組んでいるため、小回りが利かない。
一方、飛空する単体は宙空の一帯すべてが機動範囲である。
移動制限のない空間を自在に飛び回る相手に、地を走る集団では相性が最悪であると言わざるを得ない。
全滅は無いにせよ、敵一体と引き換えるには大きすぎる被害は免れないだろう。
「――お前が闘うというのか?」
「任せておけ」
そして、文鬼は構えを取った。
「空を飛翔する敵――望んだとて中々得られなかった相手だ」
文鬼の口元に、微かな高揚の笑みが浮かんでいた――。
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