第10話 黒都クロムクラッドへ

 西方都市国家同盟、主要4都市のひとつ、黒都クロムクラッドへ向けて、騎士の一団は馬を走らせていた。

 調査騎士団――文鬼と闘ったクラウス率いる分隊である。

 黒都クロムクラッドへと帰還するその一団に、文鬼とカティも加わっている。

 同行を拒否し決闘に勝利したはずの文鬼が、なぜ同行しているのか。

 このようになるに至った経緯の説明が必要であろう――。



 文鬼との決着の後、程なくしてからのことである。

 ノルン宅で手当てを受けていたクラウスの元に、伝令の者が駆けつけた。

 調査騎士団の本部、からの伝令である。


「それで、ヴィクトル団長本隊からの連絡が途絶えたと?」

 

「はい。転移門ゲートに接触した直後からと思われます」


 文字通り"調査"を任務とするこの騎士団にとって、状況の報告、共有は組織の存在意義たる最優先事項である。

 それが途絶えたとなれば、ただ事ではあるまい。


「こちらの状況次第では任務を切り上げ、一度本部へ帰還せよ、との命令です」


「……わかった。

 こちらも追って本部へ帰還する」

 

「では、こちらの流転者ベイグラントは無事処理した、ということでしょうか?」


「ああ。

 本流転者ベイグラントは驚異とはなり得ない。よって、――そのように、本部へ伝達してくれ」


「……」


 ”流転者ベイグラント狩り”の意外な答えに、伝令は目を丸くした。


「どうした? 必要なことは伝えたぞ。伝令の任務を果たせ」


「は……はい。ではそのように本部へ伝えます」


「ああ、頼む」


 クラウスの圧に促されるように、伝令はそそくさと家を出ていった。


「それで良いのか?」


 それを傍らで聴いていた文鬼が声をかける。


「配慮は不要だ。

 お前はこの世界に無害であり、有益でもない。

 それを判断する権限は私にある。一応な」


「左様か」


 文鬼も、それ以上何も言わない。

 これがこの男なりの、騎士としての筋の通し方なのだ。

 本人の言う通り、配慮は余計であろう。

 そのように思っている。


 と、そこへカティが会話に加わる。


「それはいいんだけどさ、その前に話してた内容が気になるんですけど。

 転移門ゲートが別の場所でも現れてたの?」


「……そうだ。

 今回確認された転移門ゲートはふたつ。ほぼ同時に顕現したらしい」


 一般人に話すのは気が引けたが、秘匿する義務も無い。

 全くの無関係でもなく、手当てを受けている身でもあるクラウスは、カティに説明した。

 文鬼とノルンも、傍らでそれを聞く。

 

おれと同時に、この世界に来た者が他にも居る、という事か」


「そういうことだ」


「そっちを調査しにいった騎士団が消息を絶ったって、さっき……」


 好奇心からなのか、カティが更に話を掘り下げる。


「……そうらしい。だから私はすぐに本部へ戻り、捜索隊――あるいはを編成せねばならない」


「やな感じだね」


 そう呟いたのは、ノルンである。


「調査に赴いた者達が消息を断つ……

 大昔に一度、こういう事が一度あったらしいじゃないか」


「ええ。"魔王"クリムトの時と同じ。

 だから私は、征かねばならない」

  

「その腕でかい?」


「勿論。必要とあらば、この命に代えても」


「騎士としての誇りか……それとも私怨かね。

 まあ、止めやしないが」


 と、そこへ、


おれも同行して構わぬか」


 突如、文鬼がそのように言いだした。


おれと同時にこの世界に来たと言うなら、その者に心当たりがある」


「なに!?」


「構わぬか」


 有無を言わせぬ圧が、そこにはあった。

 無理もない。

 今の文鬼にとって、それこそが元々の、そして唯一の目的である。


「……いいだろう。

 元々、お前を本部へ同行させるのが我々の任務だったのだしな」


「あ、じゃあ私も行く! 行きたい! いいでしょ? 師匠」


 こう言い出したのは、カティである。


「そうだねえ……ブンキ、この子の事、頼めるかい?」


「承知した。

 おれも不慣れなこの世界に通じた者がいると助かる」


「決まりだね!」

 

 勝手に進みゆく話に置き去りにされたクラウスが、そこでようやく口を挟んだ。

 

「いや……流石に一般人を巻き込むわけには」


「一般人じゃないよ。わたし一応、国家認定魔術士。二等だけど」


「ええ!?」


 二等であれ、魔術士になれるのは限られた才能ある者だけである。

 クラウスがノルンに確認の視線を送る。

 それに答えるように、


「本当さ。昔の縁故で私の所に派遣されて修行中の国家魔術士、ってのがその子の今の身分だ」


 ノルンはそう答えた。 


「国家魔術士は有事の際、その魔術を国の為に役立てる義務があるはずだよね、確か」


「それはそうだが……」


 確かに問題はない。

 魔術士がいれば何かと助かるのも事実ではある。


「……わかった。

 本件のサポートを担当する魔術士として同行する旨、本部には話を通しておこう」


「へへ、ありがと」


「無理はするんじゃないよ。

 危険を感じたらまず退く事を第一とすること。

 これは師匠としての命令だ。わかったね」


「うん、分かってる」


 真剣な顔でそう厳命するノルンに、カティもこの時ばかりは真剣な面持ちで答える。


 関わるには少し危険が過ぎるか、ともノルンは思う。

 しかしこのような小さな村で静かに魔術の研鑽に励むには、この娘は若すぎる。

 その好奇心と冒険心を無理に抑えたのでは、つい先刻のように一人で勝手に村を飛び出し危険を冒すような事もしようものだろう。

 カティくらいの歳だった頃の自分を思い返し、多くの経験こそが人を成長させる事をよく知るノルンは、愛弟子を旅に出す事を決意したのであった――。



 そういう顛末で、文鬼とカティは製法都市国家同盟の黒都クロムクラッドへ帰還する騎士団に同行していたわけである。


 黒都クロムクラッドまでは馬で半日。

 この日は既に、夕闇の帳がすぐそこまで迫ろうとしていた――。


  ■□■


 血溜まりの中に、男は立っていた。

 そして、何事かを呟いている。


「足りぬ……これでは」


 そう、足りぬのだ。

 腹は満たされど、おのれが真に求むるは

 そういう実感があった。

 喰らうのは、の者の如き馳走でなければならぬ。

 でなくば、この腹の底は満ちぬ。


 求めるものは、ここには無い。

 探さねばならぬ。

 

 男は歩き出そうとして、つと、足を停めた。

 奇妙な気配を憶えたからである。


 男が振り向くと、いつの間にそこに居たのか、黒い人影がひとつ、そこにあった。


 黒い男であった。

 影になっていて黒いのではなく、実際に黒い。

 身につけている衣服も、長い髪も、黒かった。

 それらに相反するような青白い顔だけが、すらりと細長い黒の中に浮かんでいる。

 

 人影が、辞儀するように、深々と頭を下げて、言った。


「ようこそ、この世界へ。我らが《王》よ」

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