第8話 空手 対 騎士

「やりあおうと言うのか? 素手で?」


 武器も持たず進み出た文鬼に、クラウスが問うた。


「これがおれの武器なのでな」


「ほう――

 ここに来る途中、巨鬼オークの撲殺死体を見たが、あれは貴様の仕業か?」


「おそらくな」


「なるほど、やはり流転者ベイグラント

 油断は禁物、そして手加減も無用、というわけだ」


「そうして貰えれば、こちらも助かる」  


「――いいだろう。

 騎士として、一対一の決闘で臨んでやる」


「左様か」


 クラウスはそう言うと兜を被り直し、馬に跨った。

 そうして、背後の騎士たちを下がらせる。

 広い田園の中、柵門前の広場が決闘の場となった。

 

「あれじゃ、ひとりじゃなくてひとりと1頭だよ」


 馬に跨りランスを天に立てたクラウスを見て、カティが文句を言った。

 確かにその通りであるが、あれが騎士のスタイルであるのだから、当の文鬼に不服は無い。相手の最も強い型に挑みたいと願うのが、この文鬼という男である。

 

「クマと闘いたがるようなアンタだ。

 止めやしないけど、油断すんじゃないよ」


 ノルンの忠告に、


「心得ている。あの男、強い」


 と、文鬼は短く答えた。


 クラウスがというだけでなく、馬と武装の扱いに精通した、であることは、文鬼の百戦錬磨の目からも見て取れた。

 戦場においては、一騎当千のつわものであるのだろう。むしろ単体を相手どるのは不得手であろうが、敢えて受けたという事は、それだけの自信があるという事か。


「九道文鬼、推して参る」


「我が名はクラウス・フォン・グナイゼナウ。

 我が槍、我が誇りに賭けて貴君を打ち倒す!」


 互いに名乗りを上げ、決闘は始まった。

 ――と、いきなりクラウスは乗馬の踵を返し、距離を取ってから再び文鬼に向き直った。


 ――初手の一撃で決める気か。


 当然、文鬼はこの一手を読んでいる。

 文鬼のいた世界でも戦場の一時代を築いた、騎士たるの最大最強の攻撃、騎兵突撃ランス・チャージ

 それをやるつもりである。

 文字通り、重装の鎧騎士と馬の重量、そして馬の加速度を、ランスの穂先一点に集中させて突撃する。

 その威力たるや、人の如きは例え鎧に身を包んでいても即死だろう。

 無論、今の文鬼とて例外ではない。

 まして、馬ごと突撃してくるのだから、その槍以前に、まず馬そのものの突進も躱さねばならない。さもなくば轢殺されるのみである。

 よって、動ける範囲は自ずと限られてくる。馬体を躱しつつ、更に同時に襲い来る槍も躱さねばならない。

 触れただけで致命傷となる勢いを備えた槍を、である。


「征くぞ、シュトゥルム!」


 クラウスが馬の名を呼び、拍車をかける。

 馬がいななき、疾走を開始した。

 馬が最速に達するに充分な間合いがある。

 先に言った通り、最初から一切の手加減もしないつもりである。


 それをこそ望む文鬼は、かつて脳裏に刻んだ記憶を思い起こしていた。

 修行の一環として大トナカイと相対した時のことをである。

 巨体と角を持ちながら、最高時速は80kmにも及ぶとされる大型獣である。 

 もはや人間に敵のいなくなっていた文鬼が、高速で突進してくる相手を見切る為の修行相手と選んだのが、この大トナカイであったのだ。

 その巨大な双角を備えた突進を紙一重で躱した上で、トナカイの背に乗る――それを以て完了とする修行であった。

 もちろん、受け損なえば致命傷は免れない、命を賭した修行である。


 鎧の騎士をその背に乗せているに関わらず、クラウスの馬――シュトゥルムの速度は、かつての大トナカイと遜色ないものであった。

 しかしだからこそ、修行の成果が活かせる。

 ぎりぎりの瞬間まで引き付けて、相手がぶつかる、と思ったその瞬間に、攻撃に移る――


 ――――今!


 馬がいなないいた。

 同時に、鈍い音。


 クラウスはそのまま走り抜け、文鬼は―――

 宙に居た。

 撥ね飛ばされたのである。


 馬の突進をまともに受けた文鬼は後方に吹っ飛び、そのまま地面に激突した。


「ブンキッ!!」


 カティの叫び声が響いた。

 

 クラウスが地に伏せた文鬼を振り返る。


「我が騎兵突撃ランスチャージを甘く見たな。

 異世界の武術家よ」


 見切りは完璧であった。

 シュトゥルムの速度は、かつて見切った大トナカイと同等であった。

 しかし、のである――。

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