第3話 流転者

「くっ――!」


 女は振り返り、構えた。

 背後から小鬼ゴブリンが近づいてくるのを察知したからである。

 しかし女の傍らを、その小鬼ゴブリン――文鬼は素通りした。

 そして文鬼は、刃物を持った三匹の同種族に対峙したのである。

 

「……!?」


 女と三匹の小鬼ゴブリン、その場にいた一同が目を丸くした。

 

「救けて、くれるの?」


 信じられない、といった様子の女に、

 

「事情は知らぬが、奇縁だ。助太刀しよう」


 文鬼はぶっきらぼうにそう言い放った。


「喋った!?」


 驚く女をよそに、小鬼ゴブリンらは何やら文鬼に向けて喚いている。

 言葉は分からぬが、恐らく自分らと同じ種族であるのに人間側についている事に抗議しているのだろうことが身振り手振りから何となくわかった。

 文鬼はそれを黙殺しつつ、構えを取る。


 猫立ちの構え。

 威嚇と牽制の構えである。

 刃物は危うい。

 文鬼とてその肉に刃を突き立てられれば相応の傷を負うだろう。

 まして今の肉体は鍛え上げた元の身体からだではないのだ。

 

 ゆえに、試す。

 同時に、文鬼にとって、構えを取るという事は、相手に武器を向けるのと同じ意味を持つ。

 即ち、寄らば撃つ、という示威である。


 三匹の小鬼ゴブリンは、それを理解できなかった。

 無理もない。今の文鬼、身体は小鬼ゴブリンである。

 或いはそれなりの遣い手であれば、その構えからただならぬものを感じ取ったかもしれぬが、如何せん小鬼ゴブリンである。多数で、しかも刃物を携えている自分らの方が圧倒的に有利であると考えていた。

 小鬼ゴブリンの一匹、先ほど少女に鼻面を撃たれた帽子を被ったものが、堪りかねたように文鬼に襲いかかった。

 殺傷ころす気である――

 文鬼はそう見た。

 故に、動いた。

 正面へ向けて足裏を繰り出す蹴り――前蹴りを、小鬼ゴブリンの喉めがけて叩き込む。

 危険な技である。

 前蹴りは本来たおしにゆく蹴りではないが、急所たる喉に当たれば別である。

 たまらず、帽子の小鬼ゴブリンは卒倒した。


 残りの2匹は、既に動いている。

 小鬼ゴブリンの戦法に思量は無いのであろう、先の一匹と同じように、ただ刃物を振りかぶって飛びかかっていた。 


 予期していたように、文鬼が迎え撃つ。

 右手で右からの攻撃を、左手で左からの攻撃を捌きつつ、蹴りを放つ。

 弧を描くようにして放つ、回し蹴りである。

 刃物を持つ手よりも、足の方が長い。

 中空より撃墜され、二匹目、顔出し西洋兜の小鬼ゴブリンが表情を苦悶に歪めながら地面を転がり、気絶した。

 攻撃を払われ、そのまま着地した3匹目は、その着地の瞬間、後頭部に打撃を受けていた。

 文鬼が、開いたてのひら小鬼ゴブリンの頭全体を覆う西洋兜の、その後頭部を撃ったのである。

 掌底打ち。

 硬さで以って破壊する打撃ではなく、衝撃を内部に浸透させる打撃である。

 脳を激しく揺さぶられ、三匹目の小鬼ゴブリンも一撃の元に地に伏せた。

 この間、約一秒。

 小鬼ゴブリンのものとは思えぬ、鮮やかな動きであった。

 初動から技の終わりまで、その全てが流れるような一動作の中で完結している。

 武に熟達した者の、洗練された手並みであった。


「すごい……」


 思わず、女の口から声が漏れた。


 残心にて三匹の小鬼ゴブリンに向き直り、その無力化を確認すると、文鬼は静かに息を吐きながら構えを解いた。


 ――悪くは、ない。

 長年鍛え上げた元の肉体には遠く及びはしないが、空手を遣うに不都合は無い。

 肉体が変わった程度では、おのが魂に刻み込んだ空手の技が無力になるわけではない。

 それを確認したのだ。

 それに、この肉体にはまだまだ鍛錬の余地がある。

 肉を付け、拳を固める鍛錬を施せば、或いは人間の身体の時より頑健な身体に鍛え上げる事ができるやもしれぬ――


「あ、あの……ありがとう」


 思案していた文鬼に、女が声をかけた。


「こちらの意思で勝手にやったまで。礼は無用」


 そう流暢に言葉を発する文鬼を、女は物珍しそうにまじまじと見つめた。

 今の文鬼は小鬼ゴブリンの体躯。

 女もけして大柄なわけではないが、それでも少し頭を屈めて話し掛ける。


「あなた、言葉を喋れるのね。

 喋る小鬼ゴブリンなんて、御伽噺の中だけだと思ってた」


「御伽噺、か」


 文鬼にとってみれば今の状況全てが御伽噺の中である。


「そう。人間の言葉を学んで商いをする小鬼ゴブリンの御伽噺があるの」


おれは商いなどせぬが」


「そうみたいね。

 商いより戦いの方が得意みたい。

 あなたみたいに強い小鬼ゴブリンは御伽噺でも聞いたことないわ」


 そう言って、女は人懐っこい笑みを浮かべている。

 

おれが怖くないのか?」


「え? だって、助けてくれたじゃない」


「だがこのだ」


「ああ私、そういうのには慣れてるから。

 でも――」


 と、女は少し真面目な顔になった。


「あなた、一体なに?」


「それが、分からぬのだ」


「え?」


 そうして、文鬼は女に説明した。

 こことは全く別の場所から一瞬でここへ来たこと。

 身体からだが、元のものとは別のものへ入れ替わっていたこと。

 そういった諸々をである。

 

「驚いた……あなた、きっと流転者ベイグラントだわ」


 聴き終わって、女は心底驚いたようにそう言った。


「ベイグラント?」


「別の世界からこの世界へ流れ着いてくる人のこと。

 ごく稀に居るの。

 あなたが今話したように、魂だけこの世界へ転生する人が」

 

「つまり、元の世界のおれが死んで、この世界の小鬼として転生した、と?」


「元のあなたが死んだのかどうかは分からないけど、多分そんな感じだと思う」

 

「むう――」


 流石の文鬼も、この現実を飲み込むには多少の時間を要した。

 心身を鍛えんとして仏門にて修行した事もある文鬼だが、仏教における輪廻転生の如き現象をよもや実際に体験するとは思っていなかった。


「その身体からだ、《ゴブリン》っていうモンスターのものよ。

 魔物に分類されるものの中でも最弱の部類なんだけど……」


「最弱か」


 強い弱いには興味のある文鬼である。 


「本来はね。

 最弱って言っても、集団だと私みたいな魔術士にはキツイ相手だけれど」


 魔術士――

 先ほど遣った遠当てに似た技も魔術の類であろうか。

 古今東西、武に関する知識にはさとい文鬼である。

 魔術士というものがどのような技を遣うものであるか、気にはなったが、今はそれよりまず訊いておきたいことがある。 


「それで、おれは戻れるのか。元の身体に、元の世界に」


「ゴメン、分からないわ。

 私も流転者ベイグラントに実際に会うのは初めてだから」


「知る者に心当たりはあるか」


 少女はそこで少し考えてから、言った。


「私の師匠なら、もしかすると」


「会わせてくれ」


「ええ。助けてくれたお礼もあるし、案内する」


「かたじけない」


「名乗り忘れてたけど、私はカタリナ=ウォースレッド。"カティ"って呼んで」


九道文鬼くとうぶんきだ。文鬼、でいい」


 九道クトウは流派名でもあるため、他者には下の名前で呼ばせるようにしている。


「わかった。よろしく、ブンキ」


「宜しく頼む」


 カティは先導して歩こうとして、


「あ、そうだその前に――」


 と、先ほど文鬼が叩きのめした三匹の小鬼ゴブリンに向き直った。

 そして、片膝をついて何やらゴソゴソと物色を始めた。

 ちゃっかりと戦利品をっていくのか、と思いきや、

  

「ハイ、これとこれ、着けて」


 と、小鬼ゴブリンから剥ぎ取った頭全体を覆うタイプの西洋兜、それと片方だけの手甲を文鬼に差し出した。


「……? なんだ?」


小鬼ゴブリンが普通に村を歩いてたら、皆びっくりしちゃうから。

 これつけてれば、顔と手の肌を隠せるでしょ?」


「……そういうものか」


 文鬼は、容姿が他者に与える機微にはうとい男である。

 この世界の常識については分からぬが、そう言うのであればそうなのだろう。

 そう思いつつ、とりあえず兜を被る。

 なるほどこの西洋兜、くちばしのように前に突き出たバイザー部分に、小鬼ゴブリンの長く前に突き出た鼻がちょうど収まり、頭巾などを被るよりは自然に頭部の形を誤魔化せそうである。


「あと、体全体を隠す外套マントも羽織った方がいいわね」


 見た目は、外套マントで覆われた体の上に兜の頭が乗っかっている、そういった姿となった。手甲のおかげで、人前でも外套マントから片手を出す程度ならも問題はないだろう。


 こうして、西洋兜アーメット西洋手甲ガントレットを装着し外套マントに身を包んだ小鬼ゴブリンの文鬼は、カティの村へ案内される事となったのであった。

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