第2話 小鬼
奇態であった。
状況もそうだが、何より自身の姿かたちが、である。
身体に違和感を覚え、文鬼が近くにあった小川の水面に映してみれば、そこに映るは小鬼の
一言で評して、醜い。
頭髪も髭も生えていない浅黒い肌に、大きな目。
前へ突き出た鼻は大きく、耳は尖っていた。
衣服は辛うじて腰布らしきものを巻いているだけである。
――修羅道を歩んでいたつもりが、餓鬼道にでも堕ちたか。
であるにしてはこの風景はどうしたものであろう。
餓鬼地獄には程遠い、実り豊かな木々の緑が、そこにはある。
むしろ極楽浄土、楽園の方を思わせる場所である。
しかし九道文鬼、五十歳。不惑の歳もとうに過ぎている。
この状況、夢か何かであるにせよ、元の場所へと戻る必要がある。
かの《暴食》との死合はどうなったのか。
その方が気にかかる。
文鬼はそういう
それに、文鬼は元々美醜に疎く、容貌に拘りも愛着もない。
実際のところ、元の容姿とそう変わったものでもない、と思ってもいる。
毛の無い坊主頭は元々であるし、肌の色も、元々の浅黒さがより増しただけのこと。目鼻と耳が大きいのは別段不便でもなかろう。
文鬼にとってまず重要なのは、この身体で果たして空手が使えるか、という点のみであった。
その点、少なくとも空手家の武器たる四肢は全て揃っている。
全体として小柄ではあるものの、体からひょろ長く伸びた手足には締まった筋肉がついており、拳と足が大きい。
空手を
文鬼がそう思った、その時。
木々の向こうから、駆けてくるものがあった。
――女?
年の頃は20歳前後と見える女が、こちら側に駆けてきたのである。
女は文鬼を見るなり、
「こっちにもっ……!」
そう呟いて踵を返し、別方向へと走り出した。
ポニーテールの形に括られた長い黒髪が、その動きに追従するように流れた。
何事か――?
そう思って文鬼がその背を眺めていると、その周囲の草の茂みから3つの影が現れ、少女を取り囲んだ。
その影をよく見てみると、自身と同じ姿のもの――つまりは小鬼であった。
頭に帽子らしきものを被っている小鬼、頭に中世の西洋兜をかぶった小鬼、同じく西洋兜――ただしこちらは頭全体を覆うフルフェイスのアーメット型――をかぶった小鬼、の三匹である。
小鬼に囲まれ、女は足を止めていたが、僅かな間の後、意を決したように向き直った。
「風の第一
そう呟きつつ、人差し指と中指を眼前に居る小鬼へ向けた。
「《
瞬間、帽子を被った小鬼が何かに顔面を撃たれ、仰向けに倒れた。
「ほう――」
女の2本の指の先から何かが発射され、帽子の小鬼の顔面に命中した――
そのように、文鬼には見えた。
古今東西様々の武術を識る文鬼から見て、それは合気道などで言う所の《遠当て》に近い。
仲間の一人が倒れたのを見て、残りの二匹は激昂したようだった。
む――。
文鬼の、小鬼の眉がピクリと動いた。
仰向けから起き上がった帽子の小鬼が、腰に刺していた刃渡り20センチほどのナイフを抜いたからである。
呼応するように、残りの二匹も刃物を取り出す。
これまで文鬼は黙って様子を見ていた。
小鬼が女を、しかも一対多数で取り囲んでいるからといって、小鬼の側に非があるとは限らない。
例えば、女の側がなにか小鬼の側から
であるならば、手出しは無用である。
自身がいま小鬼の身体だからではない。
老若男女を問わず、それが例え野生生物であろうとも、文鬼はそれらを対等のものとして見ているのだ。
それは例えば、あの白熊や羆のように。
それぞれがそれぞれの立場や事情を持つ存在である。
それらが、それら自身の為に、時に武力、或いは暴力を振るう。
それはごく自然な事であり、当事者間のことである。
他者が安易に手出しをすべきことではない。
文鬼はそのように考える。
しかし。
一方が刃物を持ち出したのであれば話は変わってくる。
言うまでもないことであるが、刃物は危うい。
刃物を持った者と、何も持たぬ者。
両者から受ける脅威の度合いの差を想像してみれば、刃物というものが、どれほどその者の武力に影響を及ぼすか、実感できるというものだろう。
刃物ひとつ持つだけで、脅威の度合いは激変する。
文鬼はこれは対等ではない、と見た。
尋常なやり取りではない、と見た。
全ての存在にそれぞれなりの価値観や判断基準があるように、文鬼には文鬼なりの
この状況は、文鬼の天秤において不釣り合いに過ぎる。
武器――とりわけ刃物を相手に向ける事は即ち相手を殺傷するぞ、という意思表示である。
どのような事情があるかは知らぬが、これではよくない――
そう、文鬼の
「ふむ」
丁度よい機会でもあった。
「この身体、試してみるか――」
小鬼の体の文鬼は、刃物を携えた三匹の小鬼に向けて、歩を進めた。
■ モンスター設定 01:ゴブリン ■
小鬼。
野犬や狼など同様、人々の生活に比較的身近な脅威となるモンスター。
全体として小柄であるが、小さくとも鬼というだけあって、腕力や身体能力は人間の成人男性と同等かそれ以上である。
かつては
主に群れで行動し、人家を襲撃したり、家畜など財産を略奪する。人間の野盗よりも見境がない為、それらよりは人々によっぽど恐れられている存在である。
武器は棍棒や石斧など原始的なものを用い、鍛冶技術などといったものは持たないが、人間から奪ったり拾ったりした武具で武装している事がままある。
特に知能の高い個体は弓やクロスボウといったものすら扱うこともあり、危険度が非常に高い。
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