第4話 魔術
「ああ、さっきのあれ? 魔術よ。風の魔術」
カティの村へは徒歩で3時間ほどの距離にあるということだった。
その道すがら、文鬼はカティが先ほど使った技について訊いてみた。
武に繋がるものには何であれ興味を持つのが、文鬼という男である。
「魔術――」
いわゆる
「ざっくり言っちゃうと、世の中の様々な現象を操作する術ね。
この世界の大気は
それを介して色んな現象を起こすってわけ」
エーテル。
文鬼の知る限り、物理学における仮想の物質の名ではなかったか。
確か現在ではその実在が否定されていたと思うが、そこは文鬼の住む世界とは世界の法則自体が異なるのかもしれない。
「風の魔術――あれは、風を操っていたわけか」
「正確には、固めた大気の
修行不足のせいで、
「研鑽の余地がある、ということか」
「ええ。私のは怯ませたり牽制する程度にしか使えないけど、熟練すれば盾を貫通させたり、無数に連射したり、軌道を自由に曲げたりする使い手だっているって話よ」
なるほど。
奥深そうだ、と文鬼は思った。
「それは、
「うーん、どうだろう。
師匠の話だと、生まれついた
あ、
「
「そういうこと。
いくら
そんな感じ――って、ブンキ、使いたいの?」
「いや、どういうものなのかを知っておきたかっただけだ。
俺の武は空手で出来ている。
そこに余計なものが入り込めば、むしろ強さを損なう」
「カラテ……それが、ブンキがさっき使った武術?」
「そうだ」
「私がそのカラテを使ったら、強くなれるかな?」
「空手は誰にでも使えるが、一朝一夕で成るものではない。
強くなろうと望むならば相応の年月をかける覚悟が必要だな――」
と、その時。
文鬼は気配を察知して立ち止まった。
ただならぬ殺気である。
「……なにか居るな」
「え?」
釣られて立ち止まったカティが文鬼の視線の先を見る。
木の後ろに、何やら巨大な影が動いていた。
それはどうやら人の形をしている。
やがて、それが木の陰からのっそりと現れた。
「ウソでしょ……」
その姿を見て、カティが呟く。
巨体であった。
ゆうに3メートルはあろうかという身長の高さもだが、何より横に太い。
胸も腕も分厚い脂肪に覆われており、腹などは大きく前に突き出る程だ。
脂肪の塊から手足が伸びているかのようだった。
「
「オーク、というのか。巨大なあれは」
その姿から文鬼が連想したのは相撲の関取である。
関取は脂肪の下にその大量の脂肪を維持するだけの筋肉を備えている。
それ故に、あの体脂肪量で動けるのだ。
それはつまり、単純に力が強いだけでなく、脂肪という質量をそのまま武器とし、対象への破壊力に変じられる、という事だ。
「強いか」
「
「何か気を引いて、その隙に逃げるか」
文鬼のよく知る熊が相手であれば、戦いを避ける場合そういう方法を取る。
「ムリよ。
倒すしかないわ」
「倒すか」
「私の使えるものの内、最強の術をぶつけてみる」
「ほう」
「でも、その魔術を発動するには少し時間がかかるの。
その間の時間稼ぎ……お願いできる?」
「承知した」
既に
威嚇は無い。
狩るつもりであるからだろう。
文鬼はカティを庇うように、前へ進み出た。
「開け、
文鬼の背後で、カティがそう呟いた。
同時に、エネルギーの流れが生まれ、カティ自身から発せられる不可思議な圧が徐々に増大してゆくのが文鬼にも分かる。
――気功に近しきものか。
気功とは、意識の集中と呼吸法により、
全く同じものではなかろうが、魔術にもこの世界なりの方式で、術の作用を高める技法があるのだろう――
思いつつ、文鬼は迎撃の構えを取る。
約2メートル。
――来る。
掴み、捕らえる気だ。
文鬼、それを後方に飛び退いて
初手で難なく捕らえられると考えていたらしく、
そして、捕らえそこねた事を悟ると、顔を巡らせて獲物がどこへ行ったを探す。
既に
文鬼、これを難なく躱す。
頭はあまり良くないらしい。
良くはないが、動きそのものは巨躯に見合わず速い。
野生動物や武の心得の無い者であれば、簡単に捕まってしまうだろう。
攻撃を自身の方へ誘導しつつ
やがて、なぜか捕まらない事に苛立ち始めた
捕まえる事は諦め、潰すことにしたらしい。
と、その時――
「行くよ、ブンキ! どいて!」
背後からのカティの声に文鬼は横へ大きく飛び退く。
飛び退きながらカティを見ると、その身体が薄く輝いているかのようだった。
「風の第三深層――――《
カティが、両方の掌を
同時に、
瞬く間に、風が唸りを上げて《超局地的台風》とでも言うべき風の奔流をその場に作り出していた。
「ブギョオオオオン!!」
風そのものの強烈な風圧に加え、それが巻き上げた砂や小石などがその身体に裂傷を与えているのである。更にあの暴風の中にあっては呼吸もできまい。
――これが、魔術の力か。
文鬼の知るあらゆる体術でも到底なし得ない
この先、こういった術を遣う相手と相対することもあるやもしれぬ。
文鬼は長年の癖で、その術理と対策について自然と思考していた。
暴風は10秒ほどもの間続いていたが、そのうちに徐々にその力を弱め、やがて、嵐が去った後のように雲散した。
と同時に、
それを見て、カティがやっと
「やった……の?」
肩で息をしている。
かなり消耗したらしい。
しかし――
「ウソ……!」
かなりのダメージを受けたと見えるが、まだ動けるようであった。
その分厚い脂肪があの強烈な暴風のダメージを軽減したらしい。
それにしても、驚くべき生命力であった。
手負いの獣は、危うい。
「ブギュアアアアアア!!」
雄叫びを上げて、
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