第16話 前準備

「横領が行われていたというのは本当ですか!?」

「ええ、残念なことに」


 3日後、俺はハンスさんを事務所へと呼び一足早く調査報告を述べることにした。

 結論としては黒。件の修道女は確かに横領、というか盗みに加担している。そしてその手口は驚くほど単純で、それ故に気づきにくいものだった。


「ですがあれだけ調べ上げて監視まで行っていたのにどうやって金庫から金を?」

「いいえ、盗まれた金は一度も金庫には入れられていなかったのです」


 修道女は売り上げ帳簿を記入した後、横領する予定の金を金庫内に置いた小型の転移魔法装置の内部に入れておく。

 そして深夜のうちにアジトへと金を運び、次の日に修道女がまた魔法装置を金庫内にしまう。こうすることで


「……つまり我々が金庫を厳重に警備している間も金は盗まれていた、ということですか?」

「その通りです。対策としては当面の間はご主人しか知らない金庫を使うことをおすすめします。既にあの金庫内は座標登録されてしまっているでしょうから」


 そして今回の犯行において最も厄介なことは。


「だったらすぐにでも衛兵隊に」

「それはいけません。当の本人に悪意は一切ありませんから」


 解析によって判明したことだが、金庫内に出入りしている例の転移魔法装置の外見は王都では【魔除け】として知られている置物に酷似したものとなっている。

 最初にクビになった修道女は一切の悪意なく指示通りに魔法装置を【魔除けの置物だと思って】設置してしまい、後任の修道女も【魔除けの置物内に金貨を入れる】という王都に伝わる風習を律義に守って魔法装置に金を入れてしまっているのだろう。


「待ってください。それじゃあ一連の黒幕は……」

「お察しの通りです。ですので、ご主人はこれまで通りに生活していてください」


 ハンスもまさかここまで大事になるとは思っていなかったのだろう。青ざめた顔をしながらコップの水を飲み干し報酬が入った皮袋を机に置くと、ふらふらと玄関へと歩いていく。

 と思ったら突然振り返って今にも泣きそうな顔をしながら俺に問いかける。


「あ、あの。私が火あぶりにされるとか、そんな事にはならないですよね?」

「ご安心ください。奪われた金は全て帰ってきますし、不当な扱いを受けるなんてことにはなりませんよ」


 そうしてハンスがちゃんと家路に向かったことを見届けた俺は、外出用のコートを着込んでアーヴァル商工会へと向かう。



―――――



「はい、これが頼まれてた禁欲派カテドラルの情報。キミの予想通りかなり真っ黒だったよ」


 2日前、俺は頼んでおいたカテドラルの内部情報をレインから受け取っていた。

 やはりというべきか、彼らの目的は勇者の奪還と異宗派の一掃だったようだ。元々この街は総本山から目をつけられていたそうなのだが、勇者ラウラがこの街にいるという情報を受けて本格的に動き出したということらしい。


 俺が引っ越してくる前、カテドラルをこの街に立ち上げた禁欲派は早いうちにアルベルトに「王都転属への斡旋」と引き換えに協力を持ち掛け子飼いの賊を戦力として調達、その子飼いに対する資金はハンスの店から盗まれた金を使っていたようだ。

 

 そして勇者滞在の報告を受けた彼らは、辺境領民の信頼を得ると共に攪乱に使う魔道具調達のため亜人の集落を襲撃を開始した。


 しかしここで問題が発生してしまう。何とここに来て「手柄」を巡り内ゲバが発生してしまったのだ。

 そうして功を焦ったもう一方の聖職者が注目を集めようと街で演説したり、刺客として孤児を奴隷として買いあさった結果、あの日の事件が起きてしまったらしい。


「で、どうするの? ボクとしては早めにここから逃げた方がいいと思うけど」


 レインの提案はまさしく正論だ。だけど。


「俺もあいつもやらなきゃいけないことがあるんでね。近く挨拶にいこうと思う」


 その言葉を聞いてレインは玩具を見つけた子供のように目を輝かせていた。

 まあ彼女がそんな反応を見せるのは読めていた。

 そして彼女も分かっていて「逃げた方がいい」と言ったのだろう。なら俺が言うべき言葉は決まっている。


「乗るか?」

「もちろん、乗るよ」

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