第17話 殴り込みと「おはなし」

「情報が漏れていた、だと?」


 秘書の言葉を聞いてアーヴァル担当の大司教バグラムは露骨なまでに険悪な表情を浮かべる。


「は、はい! 以前から強硬論を述べていたターブ司教が騒動を起こしてしまったようで……、その際にいくつかの機密資料が商工会に流出した可能性が……」


「ちっ、あの役立たずが。おい、例の傭兵共を呼び寄せろ。あのタヌキババアが何をしでかすかわからんからな」


 それは迷える子羊を救うという使命感に溢れた聖職者ではなかった。

 そこにいたのは、ただ富と権力を貪るだけの教典に記された最も唾棄すべき悪魔そのもの、邪悪凶悪な一匹の巨大な豚だ。


 バグラムは秘書を使いっぱしりにすると、その巨体を如何にも高そうな巨大で柔らかいソファーベッドへと沈める。


「ちっ、あの役立たずめが。あいつさえいなければオレはあの勇者を奴隷にして今頃……」


「ふーん、教会の大司教様が“神聖なる勇者様を奴隷”にですか」


 欲していた言質を引き出した俺は隠れることを止めてバグラムの前に姿を現す。


「……! 穢らわしき下民が神聖なるカテドラル大司教室に忍び込むとは無礼であるぞッ!」


「神聖? どう見ても汚物が詰め込まれた掃き溜めでしょうよ、ここは」


「貴様……! 賊がこのワシを侮辱するなど万死に値する重罪だ!」


 安っぽい挑発にまんまと引っかかったバグラムは顔を真っ赤にすると、護身用の剣を手に取りそれを俺に目掛けて振り下ろす。

 しかし、その贅肉だらけな体ではまともに剣を扱えるわけがなく、バグラムが放った一撃はあらぬ方向に飛んでいった。


「この、ちょこまかと!」

「はいはい。そいじゃそこで大人しくしていてくれよ」


 一歩も動いていないんだがなあ、と内心でツッコミながら俺は呪術を応用して作成した呪術網で縛り上げる。


「貴様、何が狙いだ! 金か? 宝物か? それとも――」

「……強いて言うなら、アンタかな」


 バグラムを縛り上げている間に見つけたお目当てのものを手に取ると、それを奴の目の前に突きつけた。


「それは――!」

「分からない、知らない、なんて言わせねえぜ? なんせこいつはアンタの机から出てきたんだからな」


 お目当てのもの、それはこの国で違法とされている人身・盗品売買の収支リストだ。

 孤児から誘拐してきた赤刻鬼族に獣人族の子供たち、その人数は一つの街の人口に匹敵する。どうやら連中はこの街に来る前から同じようなことを繰り返してきたようだ。


「バグラムさんよお。あんた、随分と稼いでるそうじゃねえか。こんだけあれば新しい身分と経歴を用意するなんて造作もないよな?」

「……何が言いたい」

「別にアンタを突き出そうってわけじゃねえんだ。ちょっと話を聞いてくれたらこいつのことは忘れるからさ」


 俺はバグラムの禿頭を掴むとニッコリと笑みを浮かべる。

 もちろんそれだけなら奴は俺の話に応じなかっただろう。だが。


「ひっ!?」

「慌てて動かない方がいいぜ。その肥え太った体じゃ、ちょっと揺れただけでブスリだからな」


 奴の首元近くに突きつけた怪しげな液体で刃先が濡れているナイフを見て、バグラムは顔を青ざめる。


「わかった! 話を聞く。だからそいつだけは!」


 その言葉を聞くと俺はナイフを腰の鞘に納めた。


「それじゃあまず今すぐ国と教会の本部に“これ以上この街の勇者に深入りしない”と約束させろ」

「そ、そんなこと儂一人の力で――」

「あ? 出来ないのか? なら――」


 バグラムの返答に俺は苛立った声色で圧をかけながら腰の鞘に手をあてる。


「わかった! 約束する! 約束させる!」

「おう、なら次にこの辺境領とその周囲に住む亜人には一切手出しをしないと約束させろ。いいな?」


 その言葉を聞いて俺はバグラムの拘束を解く。無論呪術は解除せずそのままだ。


「言っておくが変なことは考えるんじゃねえぞ。その紐はまだ効果を発揮してるんだからな」

「わかっておる! そ、それで話を聞いてやったのだから、そのリストは……」

「ああ、忘れてやるよ」


 バグラムは俺の返答にホッと安堵のため息を吐いた。

 

「それじゃあな。約束、ちゃんと守れよ」

「も、もちろんだ」


 俺は正面の扉から堂々と廊下に出ると、自分自身に《幻覚惑わしの呪い》が封じられた呪札を貼る。

 そして玄関前で何かを待ち構えている衛兵・・・にそれっぽく敬礼すると、レインが用意してくれた脱出経路を使い堂々と屋敷から脱出せしめたのであった。

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