第13話 会敵
「……音が止んだ?」
あれだけけたたましく鳴り響いていた騒音が突如として止む。それとほぼ同時に立ち止まったラウラはゆっくりと背中の鞘から鉄剣を抜き構える。
「ここから数十メートル先に2体魔物がいる。それもかなり強いのが」
「……そいつは厄介だな」
彼女が「かなり強い」と言ったということは最低でも危険度Aランクの魔物ということだろう。間違いなくアーヴァル辺境領の冒険者では対処不可能な敵だ。
「デカい落とし穴に誘い込んで叩くってこともできるけど、普通に武器強化をかけた方がいいか?」
「武器強化をお願い、私はあの魔物を操って人を襲っている賊を何とかする。あなたには私が襲われている人たちを助け終わるまで魔物を足止めしておいて欲しい」
勇者にはある程度離れた距離の敵意を察知し、その発信源の詳細を知ることができるという加護が常にかけられている。実際これまでの旅でそのチカラに何度か助けられてきた。
その彼女がこう言うのだから今まさに驚異的な力を持った何者かが人を襲っているということは間違いない。ラウラが「強い」と断言するレベルの魔物を操れる賊となるとそれこそ出し惜しみをする余裕なんてない。
しかしそれ以上に厄介なのがあの騒音だ。あれのせいで声という最も原始的だが確かなコミュニケーション手段を奪われてしまう。
「またあのうるさい音がなるかもしれない。その時に何かあったらこいつを空に打ち上げてくれ」
「わかった」
というわけで呪術につかう技術を応用して作った緊急時用の小型花火が詰め込まれた小さな筒をカバンから取り出してラウラに渡す。
こいつは例えどんな豪雨でも光を放つことができるし、何だったら目くらましにも転用することが可能だ。
それを受け取った彼女は即座に森の奥、賊がいるという方角に走っていった。
「できるだけ流血沙汰は避けたいけど、……どうなるかな」
そんなことを考えながら全意識――監視に割いていたものを含む――を地面を流れるへと向ける。
ここまで近づいて襲ってこないということは魔物共はこちらに気付いていない、もしくはそれ以上に優先すべきことがあるということなのだろう。ならば何がなんでもこちらに目を向けさせる。
大地を流れる無数の魔力の脈、その中のラウラが言っていた魔物がいるという方角に向かうものへ釣り糸を垂らすように呪術が流す。
(! あっさり釣れたな)
森の奥から現れたのは2体の黒く頑丈な皮に覆われた巨大な人型魔物。最上位オーガ種『ブラッドオーガ』の変異個体と思われるそいつらは犬歯をむき出しにして血走った目でこちらを睨んでいる。
そしてその腕には確かに《隷属の腕輪》と呼ばれる洗脳用のマジックアイテムが取り付けられていた。
(とりあえず無茶はせずにちまちま殴りながらこの場に縛り付けておくか〉
そんなことを考えながら拘束用の呪術が施された呪殺を取り出そうとした時だった。
「嫌……! 助けて!」
「おいおい、この後何発か入れられるんだから体力は温存しとけよ」
「俺が一番最初に味見するんだからな。下手な傷はつけるなよ?」
「いいや、俺が最初だ」
突然飛び出してきた角を生やした幼い少女は、助けを求めるかのようにブラッドオーガへすがりつく。
さらにその少女の後ろから軽装な鎧に身を包んだ男が数人現れる。彼らの手には血で赤く汚れた剣や斧、そしてその指にはブラッドオーガに取り付けられた隷属の腕輪に酷似した指輪がはめられていた。
「いくら助けを求めても無駄だぜ。そいつらの自我は全部こいつで封印してるからな」
そういって男は見せびらかすようにその指輪を撫でる。なるほど、どうやらあのマジックアイテムで魔物を使役しているようだ。
男たちは興奮しているようで俺の存在には気づいていないらしい。だったら俺が取るべき行動は決まっている。
「—―《怨炎》」
一番先頭の男を包み込むように黒い炎が地面から噴き出す。
何が起こったのか理解できず困惑しているその隙を逃さず、すかさず飛び出た俺は拘束の呪札をその男に貼り付ける。
「クソ、てめえ!」
それを見て激昂した別の男が斧を振り上げ向かってくる。だがそれで俺に傷をつけることは出来ない。
大した加護もかけられていないその斧は服の下に着込んだ魔防の皮鎧に弾かれてしまった。
無論その隙をみずみず逃すような真似はせず、さっきと同じように拘束の呪札を男の顔面に貼り付ける。
「つ、強え……」
「クソッ……、撤退だ!」
そういって男たちは一目散に森の奥に逃げ出そうとする。しかし。
「んだよコレ!?」
ブラッドオーガをおびき寄せた時と同様の方法で地脈に流した呪術は、男らを一人残らず麻痺拘束させた。
それと時を同じくしてブラッドオーガは糸が切れたかのように地面に倒れ伏す。
とりあえずどうにかなった、のか?
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