第12話 森の異変

 門を出て3時間、俺たちは無数の巨大樹がそびえるレーンフェルストの森に敷かれた舗装道を歩いていた。


 レーンフェルストの森は普段から多くの観光客や町民が森林浴や自然鑑賞のために訪れている。この舗装道も観光による税収増加を決めた辺境領自治議会により10数年前に利便性向上によるさらなる集客効果を狙って整備されたとのこと。

 今は例の騒音騒動で俺たち以外には人っ子一人見かけない寂しい街道となってしまっているが。

 しかし。


「聞いてた話と全然違うな、これは」


 常にけたたましい騒音が鳴り響いているということだが、実際に来た感想としては静かな森じゃないか。温かい木漏れ日が差し込み、心地のいい風が体を撫でる。舗装道路と魔術街灯があるからよっぽどのことがない限り遭難することはないし、危険な魔物もいないから必要最低限の自衛手段さえあればいい。

 なるほど、有名な観光名所となるわけだ。


 うるさくないなら好都合。そう考えて俺は近くにあった芝生に寝っ転がると軽く欠伸をする。結局観察もとい監視をしながら惰眠を貪っていることには変わりないけど、それでもあのソファで一日過ごすよりかはよっぽど有意義だ。


「そんな所に突っ立てないでお前もそこら辺に寝っ転がってみろよ。めちゃくちゃ気持ちいいぞ」

「……そ、それじゃあ遠慮なく」


 そう言いつつも何処か遠慮しているというか、たどたどしくラウラは近くの芝生に座った。ここ数日の彼女はいつもと違って妙に距離感があるというか緊張しているように感じる。ついさっき見せたあの元気の無さは”知りたいことを知れなかった”ことで落ち込んでいたからなのだろうが、それとは別の疲労感も見えていた。



(これが気分転換になってくれるといいんだけど)


 そんなことを考えながらラウラが座った方向を振り向くと、彼女は木々の間を通り抜ける爽やかな風を感じて微睡みリラックスした表情を浮かべている。寝転んだり座ったりするとちょうど良い感じに全身に風が当たるから木漏れ日で暑くなることはない。それに芝生の柔らかさも加わり、いようと思えばいくらでもいられると思ってしまう。

 レーンフェルストの森が「人を堕落させる悪魔の森」と呼ばれている理由がよくわかった気がする。


(あー、ダメだ。眠ってしまいそう)


 瞬く間に眠気が襲ってきて俺の意識は落ちかけそうになる。背中に伝わってくるクッションのように柔らかい芝生と木漏れ日の温かさに抗うことができず、俺はそのまま夢の世界に――――。



『—――――――――――――ッッ!!!』



 そんな矢先、言葉に言い表せないような絶叫が森中に響き渡った。

 一瞬で覚醒した俺はすぐさま呪札を取り出して音の聞こえる方向を探る。しかし四方八方から絶え間なく響く中で音源を探ろうとする企みはあっさりと打ち砕かれてしまう。

 仕方ない。イチかバチか”気”で探ってみるか。

 そう考えた俺はラウラにこれからの方針を話そうと試みたのだけど。



「—――――――!(声が出ない? いや、かき消されているのか)」



 鼓膜が壊れた、という可能性もあるがどちらにしても会話による意思疎通が取れないのは確かだ。

 だったら文字で知らせるしかない。


「!」

 

 ラウラは俺に向けて何かを話すと、耳を抑えながら森の外れ道に向かって走り出してしまう。

 次から次にトラブルが舞い込んでくることに若干の疲労を感じながら、しかし彼女を放って一人で帰るわけにもいかないので俺もラウラの後をついていく。

 

 勇者、人類の救世主たる力を授かった彼女は「差し迫った人の危機」を何となく察することができる。いつもだったら話しあってどうするか考えることができるが、この状況下ではそれすら難儀だというのが本当にもどかしい。

 

 いいや、これ以上ウジウジ悩んでいてもどうしようもないだろう。あとは野となれ山となれだ!


 改めて覚悟を固めた俺はラウラ勇者様の後を追いかけてこの絶叫が鳴り響く森の奥へと駆け抜けていく。

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