第11話 鍛冶と技巧

「まさかこんな大金を貰えるとは……」


 5万ギルという大金が入った皮袋を見ながら改めてあの信じられないようなやり取りを思い出す。

 どうして店主があそこまで俺の作った皮鎧を好評してくれたのかはわからないが、別にやましいことはしたわけでもないし素直に「それだけの価値がある」と評価してくれたと思っておこう。

 さてと。


(今も店の中で不審な動きがないか)


 5万ギル云々の話で集中が途切れそうになりかけたが一応監視は継続できている。といっても特別何か変化があったというわけではないが。

 一応いつまでも一つの依頼に拘束されるわけにはいかないので期限は2週間後と定めてある。このまま監視を続けても恐らく何か横領の証拠は見つからないだろう。


「! おーい!」


 そんなことを考えていると遠くにラウラを見つけたので呼びかける。


「セブルス? 今日はずっと店にいるんじゃなかったの?」

「やることがなくてな。それで聞きたいことは聞けたか?」


 俺の問いかけに彼女は顔を横に振って答えた。まあそうなるだろうなとは何処かで思っていたけど。


 ラウラは早朝から衛兵隊庁舎に出かけていた。以前衛兵隊に引き渡した”禁欲派”聖職者について何か気になっていたようで、数日前に面会申請を出して今日やっと会えることになったようだがその心の靄が晴れることはなかったようだ。


 あの日、あの男が連れていた子供たちは未だ身元を特定できておらず今は孤児院に預けられているらしい。そして男は未だ黙秘を続けており、話したとしても”禁欲派”のすばらしさを説くようなことしか言わないという。

 

「ところで今日は他に予定はあるのか?」

「ううん。いつものように鍛錬して後は適当な依頼をこなすだけ」

「なら付き合ってくれよ。お前の力が必要なんだ」

「付き合うのは構わないけど、今から?」

「そう、今から」


 ラウラは数秒神妙な顔になるがすぐに納得したような表情を浮かべて俺の誘いに頷く。

 騒音云々の話が気にはなるが元々レーンフェルストの森は森林浴などで有名なところだ。ラウラの悩みを解決することはできないだろうけど、それでも気分転換くらにはなるだろう。


 


――――――



「店主、邪魔をするぞ」

「これはこれはアルベルトの旦那、今回も良いブツを用意してありますよ」


 セブルスが去ってから数時間後、『ギルドナイト』アルベルトはいつものように取り巻きの冒険者を引き連れて武器屋に訪れた。

 アーヴァル辺境領唯一の武器屋でもあるこの店はアルベルトから本来ギルドナイトでしか知り得ない情報を受け取るなどの便宜を受けて莫大な利益を得て、その見返りに質の良い武器をアルベルトとその取り巻き以外の冒険者が独占できるようにするなどしてギルドナイトとしての地位も独占できるよう協力している。彼らはいわば共存関係といえる状態にあった。


「今回はちゃんと良い物を仕入れられたのだろうな?」

「それはもちろん。先月納品した鎧よりも遥かに良い物ですよ!」


 そう言って店主は厳重に包装された箱から、つい先ほどセブルスが売った魔防の呪術がかけられた皮鎧を取り出す。


「このただの皮鎧が今日の目玉とでも?」

「そう思うのも無理ありません。ですがこいつは旦那にお勧めできる程の品ですぜ」


 店主は1回限りしか使えないボロのマジックソードをアルベルトに手渡す。


「そいつを使って全力でこの皮鎧を叩き切ってください。そうすればこいつの真価がわかります」

「もしそれで壊れたとしても俺は責任を取らんぞ」

「もちろん構いません」


 店主の言葉を聞いたアルベルトは持てる全ての魔力を注ぎ込みマジックソードによる一撃をその皮鎧に叩きこむ。


「……ッ! なるほどな」


 攻撃を受けて皮鎧が置かれた石の台にひび割れができたが、肝心の皮鎧には傷一つついていない。


「こいつには相当高度な防御式がかけられてあります。レイス級の攻撃ですら余裕で耐えられる代物ですぜ」

「どうやらお前が勧めるだけの価値はありそうだ。いいだろう、こいつをあるだけ買い取ろう」

「まいど! 今うちには5着あるので全て合わせて6万ギルいただきます」


 6万ギル、それはこの街で暮らす者では一生お目に掛かれないような大金だ。しかしギルドナイトとなり巨万の富を手に入れたアルベルトからすれば決して出せない額ではない。

 アルベルトはいつものように魔獣『シリバーダイル』の高級革財布から金貨を取り出すと躊躇うことなくそれを店主に渡す。


「6万ギル、確かに受け取りました。しかし今回はいつもよりもかなりお早い訪問ですね」

「……気に入らん奴ができた。そいつの芽が出る前に周りの土壌ごと枯らしてやらなくてはならない」


 店主のその質問にアルベルトは平静さを装って答えながら、自分に屈辱を与えたあの”Fランク冒険者のことを思い出していた。

 奴に自分が受けたそれよりも遥かに辛い屈辱を与える。アルベルトは鉄ガエルの討伐数を競ったあの決闘以来そのことばかり考えて行動してきたのだ。 


 あと少しだ。あともう少しであの男に耐えがたい屈辱を与えられる。

 切札となり得る代物を手に入れたことで内心浮足立ちながらアルベルトはその皮鎧を満足そうに眺める。



 それが自分がいま最も憎んでいる相手、セブルスが作ったものであることを知らないまま。

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