第10話 静寂と騒音の森
「分かってはいたけど、そう簡単に尻尾は出さないよな」
最初は集中しないと出来なかったことが片手間で出来るようになってしまう。慣れというのは本当に恐ろしいものだ。だからこそ油断や慢心というのが生まれるのだろう。
人形呪術を使っての張り込みというか監視を始めて早1週間、特別変わったことは起こらず至って平凡な日常が過ぎていった。そして悲しいことにその間に新規の依頼人が来ず、今日もこうして視覚共有で怪しい動きがないか監視しながらのんびり補充用に新しい呪札を作るだけ……。
そもそも俺がハンスさんから受けた依頼は犯人捜しではなく横領がされていないかどうかの確認だ。何も不審なことが無かったのならその通り報告すればいい。
しかしいつまでもこうして部屋でのんびり過ごすというのもなあ。他に副職でもしてみようかな。
ズボンのポケットから取り出したEクラスの冒険者ライセンスカード。
冒険者としての資格は残ってるし、大半のギルド職員や冒険者は俺がDランクへの昇進をごねて蹴ったことを知らない。だから堂々と依頼を受けたところで角が立つこともない。なんだが……。
「……ここで尻込みしてたら今までと何も変わらない、か」
遠く離れた人形と視覚共有しつつある程度家事をこなせるようにはなった。だったら次はこの状態で魔物と戦えられるかどうかを確かめてみようじゃないか。
というか仮にあの事を知るギルド職員がいたとしてそれが何だというんだ。それこそ堂々としていればいい。
「よし!」
重い腰を上げて俺は冒険者ギルドへと向かう。少しは変わったということを実感するために。
――――
久々(といっても数週間程度だが)に訪れた冒険者ギルドは以前と変わらずそこそこ人が出入りしてそこそこ繁盛しているといったところだ。
依頼掲示板にはこれまで通りEランクやFランクの冒険者を対象とした低難易度の依頼が多く張り出されてあるだけ。やっぱり討伐系の依頼は早々出てこないか。
「ん?」
高原で適当に鉄ガエルを狩ろうかと考えていたところで、掲示板の一番下に貼り出されていた依頼紙に目がいく。
『レーンフェルストの森で発生している騒音の調査。
レーンフェルストの森で3日前から報告されている騒音の調査。未確認の魔物で会った場合、可能ならば討伐しその素材をギルドへと納品すること。
調査期限は1日~1週間。報酬は拘束時間に応じて後払い支給。
Eランク以上の冒険者のみ受注可能』
高原から程近い距離にある森林地帯、通称『レーンフェルストの森』。特別危険な魔物や動植物がいないことから森林浴には絶好の地として知られている所だ。自分も一度だけ訪れたことはあるが、それこそ騒音とは程遠い静かな森だったと記憶している。
しかしこの手の調査依頼は大抵1週間以上は拘束されるものなのに1日だけで報酬が支払われるというのは珍しい。
(横領調査の件もあることだし、適当に魔物と戦えそうな案件だしこれにするか)
掲示板からその貼り紙を剥がして受付カウンターへと向かう。
「! えっと、その節は本当にご迷惑をおかけしました」
「いえ、その件に関してはこちらも悪いことをしたなと」
ちょうど今日の担当者は”あの”受付嬢だったようで若干気まずい雰囲気になる。
とりあえずこの嫌な空気を壊すためにそそくさと依頼の貼り紙を渡すと、受付嬢はこれまたそそくさと判を押して返す。
しばらくこのギクシャクした状態が続きそうだなと実感しながらギルドを出た俺は、門外ではなく再び大通りに向かって歩き始める。
目的地は愛しい我が家などではなく……。
「いらっしゃい。買取ですか、それとも何か新しい武器をお求めですかい?」
「防具の買取です」
勇者パーティーにいた頃に呪術を応用して自作した予備の防具、魔物からの攻撃もある程度防げるし小遣いくらいにはなるだろうと思い武器屋に売ることにしたのだが。
(やっぱり本職からしたら粗末な出来なんだろうな……。あんまり値段は期待できないかも)
加工した魔物の皮をベースにして作った胸当てを店主は真剣というか訝しげな眼で観察している。もしかしたら買取拒否されるのではないか、そんな不安を抱えながら査定額が出るのを待っていると。
「本当にこんな上等なドロップアイテムをウチなんかに売っちまっていいんですね?」
んん? 店主は一体なにを言っているんだ?
「これは普通に自作したものです。売れるならぜひ売りたいんですけど」
「本当にこの上等な魔防鎧を自作したと? 信じられない……」
「はい、本当にただの素人が完全独学で作ったものですよ」
店主は俺が持ち込んだ皮鎧をこれでも絶賛している。嬉しくはあるがここまで褒められると若干不気味にも思ってしまう。
とりあえずこの様子なら一応値段はつけてくれそうだからそこは安心できそうだ。
「とりあえず買い取ってもらえるのでしょうか?」
「それはもちろん! むしろぜひとも買い取らせてほしいくらいだ!」
すると店主カウンターの下に置かれた持ち運び型の魔防金庫を持ち出し、中からそこから数万ギルという大金を取り出し。
「5万ギルここにある。これでその鎧を譲って欲しい」
「はあ!?」
それだけの大金をこの皮鎧に支払うと言い出したのだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます