第9話 調査と持久戦

「修道女がその横領があった時期に働いていたということですか? 他の店員は?」

「いません。身元確かで学もあり、そして絶対に盗みなど働かない人間などそうはいませんから」


 ハンスさん曰く、彼の店は副都にある”禁欲派”の修道院と長らく付き合いがあったらしく、彼の先代がある時から修道女を修行の一環として働かせることになったとのこと。その賃金は修道女を通じて修道院に納められ様々な慈善事業や修道院の維持費等に使われているらしい。

 確かに修道院住まいの聖職者ほど”身元確かで不正など働きそうにない”人間はいないし、それでうまくいっていたのなら尚更だ。

 ……ん?


「先ほど”半年前”に”連続で3回”とおっしゃっていましたが、ここ最近は被害はなかったということですか?」

「売り上げと帳簿が合わなかったのは最初に異変に気付いた半年前の月中決算からその次の月中決算までの3回。そして今月の月中の決算の計4回です」

「つまり一定期間確実に横領がなかったといえる時期があった、ということですね? その間何か変わったことは?」

「派遣されていた修道女が交代しました。先に行っておきますが修道女は2か月に一度交代することになっていて、今月うちに来ている娘は半年前の娘とは別人です」


 また面倒くさいというかわけがわからないことになったな。売り上げ額と帳簿が毎回合わないというわけでもなく、3か月間何もなかった時期があった。そしてまた数字が合わないようになった、と。

 

 一応ハンスさんもその3回の決算で起きた異変を黙っておくことはできず、かなりオブラートに包んだうえで修道院の担当者に伝えたという。すると期日を待たずに修道女は交代となり、新しい修道女がすぐに派遣されてきたとのこと。またしばらくしてその時派遣されていた修道女は「横領などは行っていなかったが責任は取らねばならない」とより厳しい修行に入らされたらしく、ハンスさんは自分が何も言わなかったら彼女がそんな目に遭わずに済んだのではと気に病んだそうな。

 そして再び数字の不一致が起きてどうしたらかいいのか分からずここへ来たということか。


 しかしまあ何ともきな臭い話だ。どうして突然売り上げ額と帳簿の数字が合わなくなったのか、なぜ一時期そうした異変がなくなったのか。考え出したらキリがない。

 とりあえず今はやれることをやろう。俺がしなくてはならないことは「犯人捜し」などではなく「横領の有無」を調べることなのだから。



「とりあえず暫くの間あなたの店を監視させていただきます。構いませんか?」

「それはもちろん! それで私は一体なにをすればいいのでしょうか?」


―――――



 東洋において人形という名は復讐の代行者として用いられることが多々あったらしい。自らの憎悪を物に宿すことで魔法生物へと変えて復讐を達成させる、これも一種の呪いと言えるだろう。

 中には自分の手で復讐を成し遂げたことを実感するため、わざわざ小さな人形と五感を共有させるという酔狂な奴までいたそうだ。

 とにかく人形を使った呪いというのは離れて足もつかず事を為すのにかなり適したものなのだ。


 仕立て店に運ばれた少女の外見をした3体の人形、ハリスさんはそれらを箱から取り出して丁寧に梱包を取ると従業員用の控室と店のロビー、金庫室を見渡せる位置にそれぞれ配置する。

 

 そのことを確認した俺は応接室に置かれたソファーに深く座り込んで、人形との視覚共有を強めながら眠気覚まし用のコーヒーを飲み干す。


 さあ、ここからは持久戦だ。

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