第8話 初めての仕事

「ここが『便利屋』で合っていますか?」


 朝食を食べ終え、呪術を使って楽に店内の掃除をしていると、恐る恐るといった感じで白髪が目立つ中年の男性が入ってくる。ぱっと見だと大人しそう、というか臆病そうという印象だ。


「はい、そうですよ。何かご依頼をお希望ですか?」

「え、あ、本当に何でも受けてくださるんですか……?」

「内容次第にはなりますけど、ギルドでは取り扱ってもらえないような依頼もお引き受けできますよ。まずはお話だけでもお聞かせください」


 流石に法に反することや到底無謀な願いを引き受けることはできない。だけどギルドでは門前払いされるようなものでも引き受けることはできる。それがこの『便利屋』だ。

 「何でも」という部分を否定されたからか、それとも店主がこんな若造だからか。

 男性は一瞬尻込みしたが、他に頼ることがないのか覚悟を決めて店の中に入ってくる。


「ようこそ『便利屋』へ」



―――――



「粗茶ですが、どうぞ」

「こ、これはご丁寧に。ありがとうございます」


 相当緊張しているのか紅茶を差し出しただけで跳ね上がりそうなほどにビビってしまっている。うーん。最初の客がいきなり上から目線で舐めまくって来るのだったら嫌だなあとは思っていたけど、ビビりまくっている客というのもなかなかに面倒くさい。

 しかしこの人は開店して初めて訪れた客だ。なるべく望みは叶えてやらないと。

 というわけでなるべく営業スマイルを崩さないよう気を付けながら男の対面にある椅子に腰かける。


「まずは依頼の内容について”大雑把”にお話しください。ああ、第三者に貴方のお話をお伝えすることは決してありませんのでそこはご安心ください」

「そ、そうですか。……それではお話させていただきます。私が依頼したいのは【店の金が盗まれていないか調べて欲しい】というものです」

「つまり横領の有無の調査、ということですか?」


 男は俺の問いに苦々しそうな表情を浮かべながらゆっくり頷く。


「わざわざこうして依頼しに来られた。ということは、貴方は横領が行われたと確信しており、もっと言えばその犯人には目星がついているのではないですか?」

「え、ええ、その通り、なのですが……。私にはどうしても彼女がそんなことをするとは思えなくて……」


 なるほど。つまりこの男が俺に求めているのは罪の証拠を見つけることではなく、そんな疑念を抱く必要はないと確信させ安心させてほしいというものなのだろう。

 確かにこれはギルドに発注できない内容だ。明確な達成条件もなく拘束時間も不明な依頼を受け付けないといけないほどギルドは金に困窮していない。となると門前払いされるのが普通だ。というか男の態度を見るに実際そうなったのだろう。

 しかし。

 

「わかりました。そのご依頼お引き受けします」

「本当ですか!?」

「はい。ただ内容が内容ですので貴方にもご協力してもらうことになりますが、構いませんか?」

「それはもちろん! 私に出来ることならば何でも!」


 男は俺の問いかけに大きく、そして何度も首を縦に振って答える。「今の彼に必要なのはメンタルケアなのでは?」とも思ったが今は素直に依頼に応えるとしよう。


「それでは改めて依頼内容について”詳細”な説明をお願いします」




――――――


 今回依頼のために来店したこの男『ハンス』はここアーヴァル辺境領で先祖代々続く仕立て屋の店主だという。

 彼の店はいわゆるブランド店で、主に取り扱っているのは辺境議会の議員や富豪向けのパーティードレスやモーニングコートなどで上流階級の人間とはそれなりに縁があるとのこと。1回の仕事で振り込まれる代金は高い時は数万ギル、最低でも数千ギルは下らない正真正銘の高給取りだ。

 当然それほどの大金を扱っているのだから店の金庫は最高級の魔法道具や結界で守られている。さらに店で働いている人間に関しても身元確かで教養があり盗みを働く理由もないと確認された者ばかり。

 だから突然金庫の中身が盗まれるなど決してあり得ない。そのはずだったのだが。


「毎月中頃に行っている最初の売り上げ換算が帳簿と大幅にずれていた……。一応聞いておきますが帳簿の記入自体が間違っていたということは?」

「もちろん最初はその可能性も考えました。ですがそれが”3回”も連続して起きたとなると話は違います」

「ということは貴方はだいぶ前からその異変に気付いていたということですか?」

「……はい。最初にそのことに気づいたのは今から半年ほど前の事です」


 ということはハンスさんは半年もの間「疑惑を抱いている」だけだったということか。


「もう一度お聞きしますが、”犯人の目星はついている”んですよね? なのにどうして問い質したり、衛兵隊に通報したりしなかったんですか?」

「そ、それで最初の話に戻るのですが……、彼女がわざわざ盗みを働く道理がわからないのです!」


 そう言ってハンスさんはカップに入った紅茶を一息で飲み干すと覚悟を決めた目で話し始める。


「だって修道院から通っている修道女の方々がわざわざ盗みを働く理由がないじゃないですか!」

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