第7話 幻覚の一撃
ダンジョンを出ると外はすっかり日が落ちて真っ暗になっていた。サクサク魔獣を倒し、危険な目に遭うこともなく移動できていたから逆に時間を感じさせなかったのだろう。
夜になってしまったけどこの辺りに脅威となる魔物はいないし、街明かりに向かって歩いていけば遭難することもない。というわけで気楽にのんびり帰るとしよう。
「……あれなんだろう?」
ラウラが指さした方角を見ると、そこでは何かが弾けるような赤い光が散発しているようだった。「山火事か!?」とも思ったが燃え広がる様子はなく、どうやらただ焚き火をしているだけのようで。しかし幾らまだ寒さが残る季節とはいっても、街まであと一息という所で野営なり暖を取るのは不自然だ。
考えられる可能性の中で一番現実的なのは”野盗が襲撃の準備をしている”だろう。
俺たちは官警ではないし治安維持への協力義務が課される高位冒険者でもない。なのでわざわざ危険を冒して怪しい集団を捕まえる義務も責任もない。するべきことは街の衛兵に”不審な集団がいた”ということを通報するくらいだ。
しかし隣に立つ華奢な体格の少女はあれを放置しておくことは出来ないらしく、腰に携えた剣に手をかけ覚悟を決めた目で赤い光を睨んでいる。
「俺がまず話しかけるからラウラは隠れていつでも捕まえられるように。いきなり剣を見せたら問題になるからな」
「! わかった」
彼女がどういう人生を送ってきたかを知っている以上、その考えを無下にする事は俺にはできない。
何より俺自身もこれを放置して帰るのは単純に気分が悪いと思っている。だったら最大限安全に予防策を取った上で行動しよう。
出し惜しみをしない、そう決めて《幻覚惑わしの呪い》の呪札を取り出して、なるべく警戒心や敵意を感じられないよう気を付けながら光源へと向かっていく。
(あれは子供と……それにあの時の聖職者?)
近づいてわかったのは暖を取っているのは先日街で布教を行っていた聖職者とボロボロの衣服に身を包んだ子供たちだった。
典型的な盗賊ではないということはわかったが、疑問と不安は取り払われていない。なぜこんな夜更けに子供を外に連れ出しているのか、そもそも聖職者と一緒にいるその子供たちは何なのか。
とにかく気持ちを落ち着けて、なるべく冷静に話しかける。
「すみません。少々よろしいでしょうか?」
「! な、なんでしょうか……?」
突然話しかけられたからか、それとも何かやましいことがあるのか。聖職者はかなり焦った表情を見せるが、俺の身なりを見て問題ないと判断したのかすぐに余裕さを取り戻す。
「夜更けに子供を連れ歩いて大丈夫なんですか? それにこんな所じゃあ冷えて堪らないでしょう。街まで案内しましょうか?」
「これは……、そう、我々”禁欲派”の修行なのです。心よりの感謝をお伝えしますが、貴方様のお慈悲は我々には過ぎたるものでございます。ですのでお早く貴方の家に帰る」
そう言って聖職者の男は俺をこの場から立ち去らせようと圧をかけてくる。
こんなにも怪し過ぎる男を放っておくわけにはいかないが、衛兵の下へ連れて行く理由も思いつかない。
穏便に済ませようとこの男を逃がし、万が一この子供たちが悲惨な目に遭ったとなったらそれこそここまで来た意味がなくなる。覚悟は決めた。あとは勇気を振り絞るだけだ。
「いや。流石に放っておけるわけないですよ。とりあえず衛兵詰め所に……」
そう言葉を投げかけた矢先、ボロボロの衣服で肌寒そうにしていた少年(?)が俺に飛びついてくる。
「……違う、修行なんかじゃない! 無理矢理引っ張られてきた」
何とか絞り出したのだろう助けを求める声が出た瞬間、男は突然目の色を変えて何処からか取り出した鉄の剣を俺に振り下ろす。
「っち、まさかこんな所で秘儀を使うことになるとは。おい、クソ餓鬼ども。さっさと出立の準備をしろ!」
男は先ほどまでの穏やかな態度とは打って変わってドスの効いた声で子供たちに命令する。
けれど子供たちは放心しているだけで男の命令に微塵も従うそぶりを見せなかった。それに苛立ったのか、再び男は剣を手に取り苛立ちながら子供たちへ近づいていく。
「彼に手を出そうとした。だから、容赦はしない」
男はそこで気づく。自分の握っている剣が柄の部分で真っ二つにされているということ。足元に転がっている刃の部分はまるで血がついておらず、頑丈な石にぶつけられたせいで木端微塵になっていること。そして自分が《パラライズの剣技》を当てられたせいで身動きが取れなくなっているという事を。
子供たちは文字通り放心していた。しかしそれは男の凶暴さに恐怖したからではない。
それは、石に剣をぶつけ叩き壊したことをまるで人を叩き切ったように振る舞う男の突然の奇行に対する戸惑いからくるものだった。
「流血沙汰だけは避けられたな……」
使用したことで灰となって消えた《幻覚惑わしの呪い》が封じられた呪札を見ながら、俺は心の底からそう思うのだった。
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