第6話 廃ダンジョンと魔獣石採取


 呪紙を作成するためには一部の魔獣の体内にある魔獣石が必要だ。魔石には魔法や呪術を溜め込む特性がある。呪紙とは呪術を封じたすり潰した魔獣石の破片で刻印し、龍脈の気を注ぐことで完全制御できるようにしたものだ。


 一見すると普通に呪術を発動した方が手間もかからず効率的なのではと思われるが、呪紙を経由することで魔法やスキルでは難しいより対象を絞った発動が可能になる。身体治癒の作用があるものであればただ傷を癒すだけではなく、体内に悪いものが入らないよう免疫力を向上させることも可能だ。

 要は呪術師にとって呪紙とは剣士にとっての剣と言えるレベルのものだということ。

 しかし魔獣石というのはそう簡単に手に入るものではないし、極稀に市場で出回るのも質の悪いものばかり。なので高度な呪紙を作成しようとなると、呪術師は自分で魔獣を倒して高品質の魔獣石を手に入れる必要があるのだけどこれが中々に大変。

 呪術師になりたがる者は滅多にいないのは”気”を読む能力が必要というのと、安定して魔獣石を手に入れられないというのが大きい。


 だけど。



―――――



 街の武器屋で売られているありふれた鉄の剣。それから発生した聖剣のごとき光の奔流は魔獣の群れを瞬く間に飲み込んでいく。

 巻き込まれた魔獣の肉体は一瞬で蒸発し、後に残ったのは……。



「これはどう?」

「うーん、よくてC級かな……。たださっきのとは違って実用に耐えられるレベルではあるよ」


 郊外にあるダンジョン。かつては凶悪な魔物が生息し、希少なアーティファクトを採取できるということから多くの冒険者が訪れたそうだが、今から100年ほど前にダンジョンコアが破壊されたことで今やそれなりの強さ魔獣しかいない寂れた廃坑となっている。そこにやってきた俺たちは呪紙の材料となる魔獣石を集めにきていた。


 と言っても実際に魔獣をばったばったもなぎ払っているのはラウラなんだけど。


『ただ飯食らいはイヤ。わたしにも出来ることがあるならさせて欲しい』


 という彼女たっての希望で魔獣討伐を任せているわけだけど、ここまでいいように魔獣がやられているのを見ると逆に面白くなってくる。

 ラウラはこれでも体内の魔獣石が残るように力をセーブしており、事実辺りにちらばる光る石には攻撃による損傷は殆どなかった。この並外れた魔力調整はそう簡単に真似できるものではない。これが勇者になったことで目覚めたものなのか、それとも生まれ持った才能なのかはわからないけど今は存分にそのチカラを振るってもらおう。


 この廃ダンジョンに巣食う魔獣はダンジョンコアの残骸から生まれた文字通り残滓、ダンジョンからある程度離れると消滅してしまう哀れな存在だ。そのためこの街の冒険者を余裕で屈服させられる強さを持っているにも関わらず、ここの魔獣の脅威度はアイアントードと同じレベルとなっている。


「これである程度ストックは貯まったんだよね?」

「ああ。元々あった分と合わせたら2、3か月は新しく取りに来る必要はないと思う」


 ここまで50体以上倒してきた(薙ぎ払ってきた)にも関わらずラウラは殆ど疲れを見せていない。俺も彼女の特訓に付き合ったらあんなフィジカルを手に入れられるのだろうか。っと、感心ばかりしてないで自分の仕事を果たさないと。


 この狭い坑道内を縦横無尽に張り巡っている魔力流は地表から流れてきた魔力とぶつかることで瘴気や自然トラップへと変化することがある。このダンジョンが普段立ち入り禁止なのもそういったトラップに引っ掛かる危険性を考慮してのものだ。

 しかしこういった自然発生系のトラップは人が意図して仕掛けたものと比べるとかなり大雑把な構造になっており、発生した場所さえわかれば一度にまとめて破壊することができる。

 

「とりあえずここのトラップは一度に潰せそうだな」


 明らかに異質な魔力の流れを掴んだ俺は早速そこへ「正の気」を流し込む。そうすることでダンジョンコアから発生し、今現在暴走状態にある魔力流はあるべき形へと戻りトラップも自然消滅する。

 この技は基本的にどんなダンジョンでも有効な戦法だ。なんせ悪い魔力の流れを浄化しているだけなのだから。実際勇者パーティーにいた頃はこの技で色々な自然発生系トラップを破壊してきたものだ(人為的な工作トラップはレインの専門だった)。


 そんなことを考えている間に半径数キロ圏内の暴走魔力流が消失したことを感じとる。周囲の魔獣も粗方叩き潰されたことだし、これで心置きなくリラックスして地上に戻ることが出来る。


 ラウラは軽く背伸びをすると先頭に出るとのんびりとした足取りで帰り道を歩き始める。

 今日は久々に結構な距離を歩いたから家に帰ったらすぐに寝てしまいそうだ、そんな呑気なことを考えながら俺はラウラの後をゆっくりついていく。




―――――





 かつてゴートは一々足を止めてトラップを解除するセブルスに「お前は自分が役立たずではないことを証明するために我々の足を引っ張っている」と嫌味の言葉を吐いたことがあった。

 彼らお坊ちゃま衆は、ダンジョン内に自然発生したトラップなど自分たちの実力で容易に打ち払えるくらいには脆いものだという強い認識がある。

 なぜそんな風に考えているのかと問われれば、その問いは至って単純で本当に危険なトラップは全てセブルスの手で事前に破壊されていたので、その恐ろしさを知らなかったからだ。一応トレーニングとしてダンジョン内に出現するものを模した疑似トラップの訓練を受けたことはあるが、それらは決して人の命を奪うような危険なものではなくコツさえつかめれば誰にでも突破可能な正真正銘脆弱なものだった。


 しかし秘宝採取のクエストを受けてダンジョンへと潜ったゴートたちを襲っている瘴気にそんなささやかな慈悲は存在しない。

 黒く澱んだ霧のようなそれからは毒と共に凶悪な魔獣を生み出しゴートたちに襲い掛かってくる。

 


「なんで……、なんでオレがこんな目に……!」



 なぜこんな危険な瘴気が突然発生したのか? それは彼らが功を焦ったからに他ならない。

 勇者がパーティーを離脱したという事実を民衆から隠し、国中から集まった莫大な義援金を独占している彼らは出世と保身のための功績作りに躍起になっていた。そもそも彼らの間に仲間意識や協調性はなく、隣に立つ者を自分の出世の芽を摘む邪魔者とてしか見ていない程その関係性は最悪のものとなっている。

 そんな状態で皆が揃いも揃ってより多くの秘宝を求めバラバラに行動した結果、セブルスであれば簡単に見抜けた罠を踏み抜いてしまいこの惨状に陥ってしまったというのがこの惨状が起きた理由だ。

 さらに救われないのが、彼らは事この状況に至ってなお自分の利益を求めて他人を出し抜こうとしてしまったといこと。その結果瘴気から発生した魔物は瞬く間に通路を埋め尽くすほどに数を増やしてしまった。



「(なんでこんなことになるんだよ!? ここはセブルスアイツ一人でも攻略できたダンジョンなんだろう!?)」


 ゴートらの中に生まれるさらなる焦り。それはこのダンジョンはかつてセブルスが一人で踏破することができたダンジョンであり、またその攻略法も事前に聞かされていたということだ。その上でこのざまというのはまるで自分たちがセブルスよりも劣っているという事ではないか。


 そんな身勝手な羞恥に悶える彼らの内心など知ったことではないとばかりに瘴気はさらに魔物を生み出していく。


 この狭い通路にはその広さに見合わない程様々な感情が入り乱れていたのだった――。

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