第5話 安息日と……

「禁欲派の方が説法をしているというのは私共の耳にも入っております」


 安息日ということで早速先日の禁欲派による演説について詳しく聞くため教会を訪れていた。が、同じ神を信じる聖職者であっても違う宗派の内情を詳しく知っているわけではないようで、神父もこの街に来た例の男については殆ど情報がないとのこと。


「ところでセブルスさんは彼ら”禁欲派”と我々”享受派”の違いはご存知ですか?」

「禁欲派は厳格で布教に熱心、あと他宗教に排他的。享受派は他宗教や新しい文化に寛容で布教よりも共存を重視しているくらいしか」

「大体合っています。抜けているのは”禁欲派は権威がある”ところくらいですね」

「権威?」


 そう言って神父が明かしてくれたのは、若く敬虔深い信徒にとっては受け入れられない話で、そうではない一般大衆からすれば何てことのない話だった。



 この世界で最大の勢力と影響力を誇る聖合教会、通称”聖教”。

 彼らは開祖たる聖女が神から授かった特別な力で荒れた大地を緑溢れる豊穣の土地へと変え、荒ぶる泥の河川を清涼で穏やかな河へと転じ、争いしか知らない者たちに平和を愛する心を与えたという伝説を信じている。

 というのが一般的な触れ込みだけど、その実態は世界最大の営利団体であり、同時に世界最大の巨大軍事国家でもある権力機関だ。


 聖教は毎年行われる各国から寄付という名の献上や古くからある土地などを元手に増やした資金力によって強力なロビー活動を展開し、それによって得られた情報や最新技術で異教や魔物を殲滅するための強大な軍隊を手に入れ、今では世界で最も影響力のある組織として知られている。

 そうして栄華を極めていた彼らの潮目となったのは、今から半世紀ほど前に起きた大飢饉だ。

 その大飢饉自体は世界中の魔法研究者が叡智を結集し収束させることに成功するが、伝説と違って何ら解決策を提示することのなかった聖教への信頼は落ち、遂には寄付金を大幅に減らされるということになる。

 この状況を打開するため、当時の教皇は免罪符と呼ばれる「買うだけで罪が赦される」という札を販売するようになる。当然教会内でも免罪符への批判は強く、やがては他宗派に穏健的な勢力が『享受派』として独立することになったそうだ。

 しかし聖教の歴史的遺産は聖遺物は殆ど旧来の『禁欲派』が引き継ぐこととなり、『享受派』は今日まで「勝手に抜け出した未熟者」として教皇や敬虔な国王からの批判にされてきた。


 そしてこの国の王は熱心な禁欲派として知られており、何かと他宗派や異教徒の排除に力を注いでいることで有名だ。

 とはいえ完全に高度な自治を確立しているアーヴァル辺境領では棲み分けによって宗教的対立が起こることは殆どあり得なかったという。


「これは噂話ではありますが、つい最近『禁欲派』の新しい枢機卿に布教や改宗にかなり力を注ぐ方が就任したと聞きます。セブルスさんが見たというその方は信仰などの調査を行う異端審問官なのでしょう」

「何というか……すごく面倒くさそうな話ですね……」


 しかし俺が気になっているのはそういった何故この街に突然『禁欲派』の聖職者がやって来たのかということ。もしラウラを狙ってのことだったら色々と動く必要がある。


「布教というのは上からの指示で行われるものなんですか? それとも個人的な目論見から?」

「基本的に大管区を管理している司教から大雑把に「この地域に信仰の芽を蒔くように」との教えを賜り、詳細は宣教師に委ねられるということになっています」


 なるほど。神父の話を聞く限りだと勇者を連れ戻すためにわざわざこの街にやって来たというわけではなさそうだ。一応用心をするにしてもそこまで厳重な警戒をする必要はないだろう。


「すみません。そろそろ昼食の用意を作らなくてはならないので……」

「わかりました。お時間を取らせてしまってすみません。また今度何か持ってきますので」


 そう言って教会を出た俺は市場でサンドイッチや果物を買い、そのまま家には戻らず街門へと向かい歩いていく。

 

「さてと、ぼちぼち仕事を始めますか」

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