第4話 新生活とその準備
「話は終わった?」
「うわっ!?」
申請書と保証金2000ギルを収めて商工会建物を出ると、そこにはジト目でこちらの様子をうかがっているラウラがいた。お使いが済んだら商工会で合流することにはなっていたが、まさか外にいたとは。
赤くなったその手から彼女がかなり長いこと外で待っていたということがわかる。
「中に入ってくればよかったのに」
「……あの人、苦手」
どうやら中に入ろうと思ったようだがローザがいたため外で待つことにしたようだ。まあ無理もない。ラウラはああいうタイプの人間が大の苦手で極力関わらないようにしていたからな。
「ほらこれ。中の売店で買ってきたカフェオレ」
「ありがと」
こんな冷えた状態を見過ごして次の目的地に向かうのは流石に申し訳ないので、商工会内の喫茶店で買った飲み物をラウラに差し出す。
ラウラはまだ温かい紙コップ(商工会が魔法技術を応用して大量生産している)に入った甘いカフェオレを飲み顔をほころばせている。
これまで俺は望んで関わりたくない人間と共に生活することを強いられてきた。それだけだったら生きていれば必ず通る道と言えるのかもしれない。
だからといってあの日々を無条件に肯定することはできないし、仮にあいつらが表れなかったとしても世界を救った英雄だとかそういった賞賛自体をそもそも俺は求めていないんだ。
こうやってのんびり美味しいものを食べながら必要以上に人に気を遣わず、気ままに自由に暮らしていく。
自分が求めているのは多分そういうものなんだ。
――――
「突然うちに置いてある女性ものの家具をリストにして欲しいと言われた時は突然どうしたんだと思ったが……」
ドワーフの店主はにやにやしながら俺の背に隠れるラウラを見て言う。
「そういうんじゃないよ。ほら早くリストを見せてくれ」
「へいへい。1枚目のリストに載ってるやつは今すぐ買えるからな」
そう言って店主は店の奥に引っ込む。展示用の家具が並ぶこの場所にいるのは俺たちだけだ。
「で、どれにする?」
「……こういう家具を自分で選んだことないから何とも。セブルスはどうやって選んだの?」
ずっと少ない荷物で旅をしてきたからな。いざ生活に必要な家具を買い揃えろと言われてもどれにしたからいいかわからないもの。実際俺も何を買ったらいいのか分からず椅子とベッドしか買えなかったぐらいだ。
女性ともなれば必要なものも多いだろうし1日で買い終えることはないだろう。
幸い時間は山ほどあるし懐にもかなり余裕がある。
「こういうのは時間をかけて選んだほうがいいぞ。焦って合わないものを買ったら却って時間も金も失うことになるからな」
「わかった。……だけど買おうと決めてたのはあるから」
そういって彼女が指さしたのはポップなイラストで描かれた1台のドレッサーだった。値段的にも決して高いという訳ではなくそこまでスペースを取るわけでもない。
「ダメかな?」
「いいんじゃないか。それが本当に欲しいものなら」
俺の問いにラウラは頭を縦に振る。ならこれ以上俺が言うことはない。
ラウラは早速カウンターへと向かい呼び鈴を鳴らす。
「おや、随分とお早いことで。それで何にしますか」
「……このドレッサーを」
「これですと、お届けするのは最短で明日になりますが構いませんか」
「大丈夫です」
確認を取ると店主は早速ラウラに承認サインを求め、彼女も素直に応じる。
多分王都だったら一瞬で勇者とバレるだろうが、このアーヴァル辺境領ではそういったことを気にする必要が無い。
サインが済み前払いの200ギルを受け取ると店主は上機嫌でラウラにひたすら感謝の言葉を述べる。……いや、あれは。
「……俺たちまだ用事があるので。それじゃあまた来ます」
「ちょ、ちょっと?」
戸惑っていた彼女の手を引っ張り俺たちは店を出る。
「突然どうしたの?」
突然態度が変わったからラウラは不安そうに俺を話しかけてきた。ちょっといきなりすぎたかな。
「あの店主はああいう風に感謝の言葉を大量に投げかけて逃げ道を塞いでもっと買わせようとしてくるんだよ。腕と質は確かなんだけどな」
「ああ、なるほど」
俺の言葉に納得したのか彼女は安堵のため息をつく。俺はそんなに怖い顔をしてたのか……?
『諸君! 我々は邪悪なる瘴気に立ち向かわねばならない!』
丁度そのタイミングで店の真正面にある広場で演説が始まる。台に登ってあらん限りの声量で勇ましい言葉を捻りだしているのは、この街では珍しい禁欲派の聖職者だった。
「……」
反対に今度はラウラのかわいらしい顔に怯えと不安、そして怒りが混ざり合った表情が浮かんでくる。
「大丈夫だ。もうあんな目には合わない」
「! ……うん」
少しでも不安が消えるよう彼女の肩に手をかけ、なるべくあの聖職者からラウラの顔が見えないよう気をつけながら俺たちは帰路につく。
幸い勇者が目と鼻の先にいるということに気付くことはなく、禁欲派聖職者は俺たちが広場を出た後も周囲の怪訝な視線を気にも留めず勇ましい演説を続けていた。
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