第3話 逸材
「もう2000ギル集まったんですか!?」
昼頃にアーヴァル商工会を訪れ、顔馴染みの職員に「開業資金が貯まったので申請書が欲しい」ということを伝えるといきなり驚かれた。この辺りでは1日の収入は多くて100ギル。そこから生活費などを差し引くと手元に残るのは10ギル前後。この街で2000ギル貯めようとなったら血反吐を吐くような激務をしなくてはならないだろう。
さらに店にするための物件や設備などを買い集めるとなると開業に必要な額は2倍3倍と膨れ上がっていく。だから半月で必要な金を集めきった自分は間違いなく異端児で目立つことになる。
きっと、多分、間違いなく、面倒くさいことになるのだろうと考えながら職員が申請書を持ってくるのを待つ。
最近冷えていたこともあって受付ロビーには魔法暖房具が多く設置されていた。だけど。
「全然動かしてない……」
暖房具のスイッチの所には「魔力の節約!」と書かれた紙が貼られてあり、それから発せられる熱量はじんわり温かい程度だ。
熱が一番当たる位置の椅子に腰かけて足を組みながら持ってきた本を読み始める。
前に聞いた話によると開業申請書の作成には数十分はかかるらしい。外で待つにしては短すぎるけど、この場で待つとしたら少々長い時間。それを解消するために先週のバザーで2ギルという超安売りされていた小説を持ってきたのだけど、その内容は値段相応につまらないもので呆気なく時間潰しのプランは崩壊してしまった。
仕方がないのでこのままぽけーっと窓の外を観察しようかと思っていた所。
「……また新しい商売人が誕生するようね」
「どうした? ちびっこ」
いくら寒いとは言ってもちょっと暑すぎなのではと思うくらいに着込んだ、黒髪でかなり整った容姿の少女が突然話しかけてくる。背丈はラウラよりも小さく、それこそ孤児院のちびっこと変わらないくらいだ。しかしそれ以上に特徴的なのは。
「あらあら、この耳が何を意味するか分からないのかしら?」
褐色の肌に尖った耳、彼女が不老長寿のダークエルフだというのはほぼ確定だろう。
「耳が尖って褐色肌の子供だっているかもしれないだろ?」
「それもそうね。でも私は見た目通りのダークエルフなのよ」
「……なんで隣に座る?」
「ここが一番熱が届くから」
そう言ってから黒髪ダークエルフは俺の隣に腰掛けてきた。今は人と関わりたくないモードだからどっかに行って欲しいけど、かといってここで騒動など起こしたくないので「あ、そう」とだけ答えておく。
「あなた、物件の見当はできてるの?」
「できてる。というかもう用意してあるよ」
「……その調子で客商売は無理だとだけ言っておくわ」
「親切にどうも。でも接客対応に関してはちゃんと考えてあるから問題ありません」
まるで思春期の子供に色々と気をかけてくる母親のようだ。自分にはそんな経験はないけど。
しかしどうしてこうも俺にここまで話しかけてくるのか。確かに今現在ロビーにいるのは職員と彼女を除いては俺だけだけど。
「……まじで何の用なの?」
「この時期に商工会に来るなんて珍しいと思ったから話しかけてるだけよ。しかし本当に人に関心をもたないのね、あなた」
かなりうっとうしい。けど同時になぜここまで自分に話しかけてるのか根掘り葉掘り聞いてみたいとも思っている。感覚的には「失せろ」という気持ちが7割で「興味」が2割、「話したい」が1割といった具合だ。
まあとりあえず隣の婆臭いダークエルフ幼女はこのまま放置しておくことにする。
「気」を見るに多分もうそろそろ出来上がってくるだろうし。
「お待たせしました! 申請書ができまし……た?」
予感は的中し職員が申請用紙を持って事務室から出てくる。が、彼の営業スマイルは隣に座っている幼女を見つけると一瞬で剥がれ落ちてしまった。
「商工代表様?! どうしてこちらに……!?」
「おお、久しぶりだね。元気してるかい?」
どうやら隣のこれはこのギルドでは中々に偉い人だったらしい。
ちびっこがまるでこの瞬間を待っていたとばかりのどや顔を見せてきたので、俺はこれまでの行動に対する尊敬と経緯をこめて舌を突き出すことで返答することにした。
――――――
「ヤラガから聞いていたよ。並々ならぬ才能を持った子だってね」
通された部屋は如何にも高そうな絨毯が敷き詰められた大富豪の執務室といった感じの所だ。
ダークエルフのちびっこ、もとい商工会の前代表で今は自治議会の商工部門代表を務めているというローザは不敵な笑みを浮かべながら俺が書いた申請書に目を通している。
「それでわざわざ一介のEランク冒険者に一体どんなご用件で?」
「単純な話さ。これまで誰も成功させることが出来なかった『便利屋』でどう稼ぐつもりなのか気になってね」
見極めているつもりなのか、それとも本心から気にかけているのか。まあそれに関してはどっちでもいい。
「……説明するより実際に見せた方が早いかな」
丁度いい所に獲物もいるし。というわけで豪華な絨毯の角に立って、手を下へと向ける。
そんな自分の行動が奇行に見えたのかローザは訝し気な表情を浮かべるが。
「へえ」
絨毯の裏に貼られていた傍聴用の魔道具を見つけだしたことで、彼女はロビーで俺と会った時に向けた好奇心でいっぱいの視線を向けてくる。
「どうやってそれを見つけたのか、ご教授してくれるかしら?」
「俺が使う呪術で最も重要なのは物事の間を伝搬する《気》を読み取るということ。
この部屋に入った時から、いやこの建物に着いてから違和感は感じていたからな」
「なるほど。ヤガラが言っていたことは本当だったわけね」
というか、あの職員も事前にローザが来ることを知らされていたんだろう。でなきゃこんなものを仕込めるはずがないし、そもそも職員一人が応対するはずもない。そのことについて指摘すると、彼女は思わせぶりな笑みを浮かべて俺の推測を肯定した。
「騙すような真似をしたことは謝罪します。キミが本当に噂に聞く逸材かどうかを確かめたくてね」
「噂ねえ……」
間違いなく面倒くさいことになるんだろうなと思いながら、とりあえず今はだまって話の続きを聞くことにする。
「単刀直入に言わせてもらうわ。私たち自治議会の良きパートナーにならない?」
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