第1章
第1話 朝方の再会
「冒険者登録しようと思ってるんだけど」
「ほお」
宿屋の受付が終了しているということで2階の空き部屋に泊まることになったラウラは、シャワーを浴びに行く前にそう切り出してきた。
「こっちでこのまま暮らすってことか?」
「……それはまだわからない。けどどこで過ごすにしてもお金を稼ごうと思ったら冒険者が一番手っ取り早いし」
ラウラには勇者の加護があるから一気にSランク冒険者に駆け上がることも可能だ。まあそこまでのランクになると否が応でも目立ってしまうし、最悪中央の目に留まる危険性もあるけど。
よし。
「……昔言ってた”店”を近いうち開くつもりなんだけどさ。良かったらそこで働かないか?」
「私なんかでいいの?」
「もちろん、というか大歓迎するよ。恩を仇で返すわけにもいかないし、何よりラウラほど信頼できる人を俺は他に知らない」
それに対してラウラは珍しく満面な笑みを浮かべ礼を言うと上機嫌に風呂場へと向かった。そして俺はと言うと、殆ど使っていなかった2階の部屋をある程度掃除し、簡単な寝具を用意してから先に部屋で休むことにした。
というのが昨日の出来事だったのだけど。
「ぐっすり寝ちゃったな……」
ちょっとベッドに横たわっただけで一瞬で眠ってしまうとは。ここ数日立て続けに色んな事が起きたから疲れてたんだろうな。
しかし今日は春だというのにえらく冷える。かけ布団も内は体温で暖まっているけど、外側は冷や水の入ったコップのように寒くなっていた。昨日は変に凝らずに素直にコーヒーを出しておくべきだったかも。
そうしてもそもそと起き上がった俺がまず最初にやったことは中古品を修理した魔暖房具に火を入れるということ。次に昨日の朝から着っぱなしの服を籠に突っ込み、洗ったばかりの動きやすい軽装に着替えて、と。
「先に温かいものを飲むか……」
寝ぼけまなこをこすりながら
寝足りないのか未だはっきりとしない意識を覚醒させるためにも砂糖とミルクは入れず、アツアツのブラックを流し込む。
「……苦い」
わかってはいたけど相当苦い。けどこれで目は覚めた。
これからやることはまず朝飯を作って、服を選択して、あとは……。
そこまで考えて重大な問題に気づく。
「ラウラの着替えがない……!」
さっきまで僅かに残っていた眠気が一瞬で吹き飛ぶ。まじでどうしよう。
ラウラはかなり小柄で華奢な体格をしている。それこそ「剣を握れるのか?」というレベルで細い。多分間違いなく代わりにと自分の服を貸したら一瞬でずり落ちてしまう。
こんなに朝早くから仕立て屋が開いているわけない。本当にどうすればいいんだろう……。
そんな風に悩んでいたら突然「ドンドン」と扉が叩かれる。これでまたギルドの使いだったら流石に怒るぞ。
まだラウラは眠っているしとりあえず目の前のことから片付けよう。濡れタオルで顔の汚れをふいてからドアを開く。
「久しぶりだね。セブルス」
「レイン?! なんでこんな所に……」
そこには勇者パーティー時代にラウラ以外で唯一信用していたシーフの少女”レイン”が、いつもと変わらず飄々とした態度で立っていた。
「ラウラから君も勇者パーティーを抜けたとは聞いてたけど、どうしてここに?」
「忘れ物を届けに来ただけですよーっと。はいこれ」
そう言って渡されたのは女性ものの下着が若干見えている大きい皮のバッグだ。
……なるべく下着は視界に入れないようにしよう。
「んふふふ。やっぱりアンタらはいつ見ても飽きないねえ」
「茶化さないでくれ。それでこのバッグは?」
「見ての通りラウラちゃんがあの宿に忘れていった着替えとかが入ってるバッグだよ。あの娘、相当頭にきてたのか着の身着のまま出て行っちゃったからさ」
レインは闇精霊の寵愛を受けていると思わせるくらいに闇属性の魔法を自分の手足のように扱える。それに何処でどうやったら身につくのか聞きたくなるほど鮮やかな盗賊スキルも加われば、ゴートらの目を出し抜きバッグをかっさらうのは造作のないことだろう。
「あー、それとこれ」
「俺のかばん?」
「あのたばこ臭いテーブルに無警戒に置いてあったから取り返してきた。ほら」
「お、おー。ありがとう」
中身を確認するが確かに俺のかばんだ。もう無くなったものだと思っていたからあんまり「戻ってきた」という実感は湧かないけど。
「レインはこれからどうするんだ?」
「いつも通り面白いものを探して歩き回ってるよ。それがボクの行動理念だからね」
そう言ってレインは人気が殆どない大通りへと歩き出す。
「ラウラに会っていかないのか?」
「またすぐ会えるだろうからそん時に話すよー」
行ってしまった。……レインが言っていた通り、そのうちどっかで出くわすだろうから挨拶やらなんやらはその時でいいか。
っと、こうしちゃいられない。早く朝飯作らないと。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます